• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

『坂の上の雲』から学んだのは生き方の原点でした

私の人生に様々な影響を与えてくれた4冊

  • 宮田 秀明

バックナンバー

2010年1月8日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 新年おめでとうございます。
 本当に時間が経つのは早いもので、あと3カ月で「日経ビジネスオンライン」も「経営の設計学」も4周年を迎える。

 年末にNHKで『坂の上の雲』というドラマが放送されていた。司馬遼太郎の250くらいある小説の中で、私が読んだのはこの『坂の上の雲』だけだ。

 大学4年生の時、卒業論文の実験を六本木にあった東京大学生産技術研究所で行った。現在は国立新美術館になっているところで、戦中は近衛師団が置かれ、戦後になって、千葉にあった東大の第二工学部が引っ越してきたのだ。それが生産技術研究所になった。軍の施設として作られただけに、柱や梁が太く、その代わり薄暗くて陰気な建物だった。

 地下の実験室に長さ20メートルほどの鉄製の水槽があった。海軍の技術中将になり、その後東大総長になった平賀譲が若い頃研究用に作った平賀水槽の半分と言われていた水槽だった。

 この水槽を使って行った卒業論文の研究は、船の転覆メカニズムについてだった。実験室で模型の船を転覆させるのは、なかなか難しかったことを憶えている。

秋山兄弟の軍人らしくないところが新鮮だった

 大学につきもののコンパという飲み会に参加した時、その研究所のT教授が私に近づいてきて話した。

 「宮田君、勉強ばかりしないで、本も読まないといかんよ。『坂の上の雲』はいいよ」

 T教授は、私と同郷で、愛媛県松山市の出身だった。

 秋山兄弟の実家は私の実家から500メートルぐらいしか離れていないところにある。秋山家は「坂」の南側、私の家は「坂」の北側である。『坂の上の雲』を読んだ時、軍人の道を選んだ2人の人間味というか軍人らしくないところが新鮮だった。

コメント3

「宮田秀明の「経営の設計学」」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員