2008年10月、東京大学は世界に通用する次世代のビジネスリーダーを育成するプログラム「東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)」を開講した。東大が持つ最先端の豊かな知的資産を活用したプログラムで、日本を背負うビジネスリーダーの輩出を目指している。
マネジメントやコミュニケーションを学ぶ時間もあるが、「教養・智慧」が全体の約70〜80%を占め、その内容は多岐にわたる。
その中にひとつ「経済史」を教える小野塚知二教授に、東大EMPで経済史を学ぶ意義や経済史からみる現代社会の構造などを伺った。
【東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)】
主に40歳代の企業人や行政官の幹部候補生などを対象に、東京大学が持つさまざまな分野における最先端の知識を活用し、深い教養や智慧と実践的で柔軟な実行力を併せ持つ、高い総合能力を備えた人材を育成するプログラム。
受講期間は6カ月、費用は600万円、定員25名。毎週金曜日と土曜日の終日行われる。プログラムは「教養・智慧」「マネジメント知識」、「コミュニケーション技能」で構成され、全プログラムの約70〜80%を「教養・智慧」が占める。
2008年10月に第1期開講。2010年4月には第4期が開講される。
過去の文献からどんな場面でも前に進む智慧を付ける
東京大学大学院経済学研究科 教授
東京大学社会科学研究所助手、横浜市立大学商学部専任講師、同大学商学部助教授、東京大学大学院経済学研究科助教授を経て2001年から現職。主な研究テーマは、近現代イギリス社会経済史とイギリス労使関係・労務管理史で、機械産業史、ヨーロッパ統合史、音楽社会史、食文化史、兵器産業・武器移転史などの諸分野でも活躍中。主な著書に『西洋経済史学』(馬場哲と共編)、『クラフト的規制の起源 −19 世紀イギリス機械産業−』など多数
小野塚 東大EMPで経済史を学ぶ目的のひとつは、いまだけ見ていても分からないことを過去の事例から汲み取ることにあります。
いわゆるビジネススクールでは、基本的には既知の事例を設定して、そこでなされうるさまざまな判断・選択・行為の適切性を調べるという手法がありますが、本当のトップの人間は、どうやったら解決できるのか分からない状況で決断を迫られるという場面に遭遇することがあるのではないでしょうか。
既知の定式化されたケースに当てはめて、物事がどういう方向に動くのかある程度予測を付けられる事柄はありますが、トップになればなるほど、そういった既知のケースを参考にしながら物事を予測することが難しい局面ばかりが訪れます。
けれど、「こんなことは経験したことがない」、「分からない」では立ち行かなくなります。どんな場面でも決断して前に進む力をつけることがトップには必要です。東大EMPはそういった力を付けるための場でもあります。
私が教えている経済史では事前に読んでおく文献が多いんです。受講生からは「この文献のどこを読んだらいいのか教えてください」「どういう観点で読むのか示してください」と言われますが、そこを自分で汲み取っていく力を付けて欲しいと思っています。
過去の複雑で多様な事例から何かを汲み取れというだけでは確かに途方に暮れてしまいます。しかし、本当にリーダーの価値が発揮されるのは、いま何が起きているのか、自分たちがどこにいるのか分からない状況で決断するときでしょう。それは、ガイド付き登山や既知事例のケーススタディとは根本的に異なることです。そこで、読み解く内容まで教えていたら意味がないんですね。
ですから、必要な装備も地図も道も山小屋もない。どこに進んでいいのかも分からない。そういう勉強をしていこうと受講生と話しています。
登山で言うならサバイバル登山です。そこではさまざまな実践的な技だけでなく、真っ暗闇に落とされたときに発揮できる原理的な智慧や教養が必要になります。文系、理系という違いよりも、この実践的な技と原理的な知を区別しながら、両方を獲得することが大切なんです。
NBO ほかに受講生から要望や質問はありましたか?
小野塚 経済史を学んだことがない人がほとんどなのでこちらが考え付かない角度から質問をされることはありますね。例えば、1637年にオランダで起こった世界最初のバブルの「チューリップ恐慌」の話をした時に、「市場は時々暴走して失敗するけれど、また元に戻っていく。市場にはそういった力があるからそれに任せておけばいいいのでは?」という質問が出たんですね。
市場の暴走は自然現象ではない
NBO 元に戻るなら流れに任せて放っておけばいいのではってことですよね。
小野塚 そうです。確かに暴走した市場は元に戻って健全に動くようになりますが、それには相当時間が掛ります。しかも、ひとたび市場が暴走した時の被害や災厄の大きさは計り知れません。これをあたかも自然現象のように「いまは嵐だけどいずれは晴れになる」と言うだけでは済みませんよね。
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