「Last Chance ――航空機産業の活路」

日本は最先端戦闘機より無人機を

防衛省・前技術研究本部長の安江正宏氏に聞く

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2010年1月28日(木)

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 長年、「蜜月」あるいは「馴れ合い」と言われてきた防衛省と国内の防衛産業大手の関係が揺れている。富士重工業による防衛省への反乱など、これまで業界では考えられない事態が起きているのだ。

 抑制が続く防衛予算の中で、防衛産業側も防衛省との関係を見直すような動きがこれからも出てくる可能性がある。ただ、防衛技術は日本の航空機産業の技術的なけん引役であり、それ抜きには世界戦略は語れない。

 1969年に防衛庁に入庁し、技術開発畑を歩み、最後は技術研究本部長という要職を務めた安江正宏氏(岡本アソシエイツ顧問)に防衛産業における官民協力のあるべき方向性や課題などについて聞いた。


(聞き手は佐藤紀泰=日経ビジネス編集委員)

 ―― 長年、民間の防衛産業大手と協力して、国産技術の開発をリードしてきました。

防衛省・前技術研究本部長の安江正宏氏
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 安江 防衛庁に入庁したのは1969年ですが、すぐに「やりたい」と思ったのは国産戦闘機の開発なのです。

 当時は若い同僚の技術者たちもそう考えていました。ですから、すぐに主翼はいつか、複合材になるだろうと思って、東レに行って、開発をお願いしたりしました。

 1980年代には機体の電子制御技術も絶対に必要だと思いました。それで練習機の機体をベースに三菱重工などと開発しました。これがその後に日米共同開発になる「F2」の基盤技術になったのです。

民間機転用を恐れた米国

 F2での日米共同開発の交渉も大変でした。合意された後、米国側が機体制御のソフトウエアを出さないと言い出したりしましたから。民間航空機への転用を恐れたのでしょう。ですが、その前に電子制御技術を開発していたので、F2を飛ばすことができたのです。

 ただ、振り返れば、F2のソフトでは機体制御より、ミサイルなど攻撃系システムが日本にはなかったのです。これを出さないと言われたら、F2の開発はかなり難しかったと思います。

 ―― 現在、防衛省が次期主力戦闘機(FX)の選定を進めています。これは配備まで相当な時間がかかりそうです。一方で、F2の生産が2011年度で終わります。そうなると、日本の戦闘機生産に空白期が生まれて、産業基盤が崩れてしまうのでは。

 機種選定は防衛省が決めるので、何とも言えませんが。1つ言えるのはやはり、生産の空白期が出てしまうのは良くないことでしょう。F2の調達を延長するというのも1つの手かもしれません。

 また、技術研究本部が三菱重工などと次世代戦闘機の実証機「心神」を開発しています。これを数機調達するということも考えられます。少しでも生産を維持できるようにしないといけないでしょう。

国産ステルス実証機「心神」は十分に開発可能

 ―― 心神はステルス性能などを備えるわけですが、少ない予算でも本当に開発は可能なのでしょうか。

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このコラムについて

Last Chance ――航空機産業の活路

日本はこれまで何度も世界の航空機市場に挑みながら、挫折と屈辱を味わってきた。中国など新興国が台頭し、世界競争が一段と激化していく中で、二度と失敗は許されない。「最後のチャンス」に賭ける、日本の航空機産業の戦いを報告する。

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