「踏ん張る! 日本の技術者たち」

緑色レーザー開発が「白色光源」に変わったワケ

住田光学ガラス「青色半導体レーザーと光ファイバーを利用した白色光源」(その2)

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2010年2月17日(水)

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前回のあらすじ

 「青色半導体レーザーと光ファイバーを利用した白色光源」によって、色再現性に優れたプロジェクター製作の可能性を切り開いた住田光学ガラス(さいたま市)。世界初の技術を実現する原動力となったのは、創業者から受け継いだ「愚直」と「機転」にある。

 用途が変われば、当然、求められる条件も変わってくる。医療用の赤外レーザーを伝送する赤外レーザーに求められたのは「太さ」であり、コア(光ファイバーの芯)の径を300ミクロンと大きめにしていた。

 一方、緑色レーザーの発振には「細さ」が要求された。しかも、そのケタが違っていた。

住田光学ガラス研究開発本部素材開発部の高久英明副主席技師(写真:佐保 圭、以下同)

 「コアの径が10ミクロンとか、一気にそういう話になりました」と、住田光学ガラス研究開発本部素材開発部副主席技師の高久英明は振り返る。「フッ化物ガラスはもともと屈折率が低いのに、クラッド(芯の外側)に使っているガラスの屈折率はそれよりも低いところに持っていかなければならない。さらに、膨張係数も柔らかくなる温度も合わせなければならないし、当然、結晶化してはいけないし、水にも強くなければいけない・・・もう、いくつも課題がありました」

 なるべく簡易に使えるようなフッ化物光ファイバーを作ろうとするが、やっぱり駄目。高久らフッ化物光ファイバーの担当メンバーは、緑色レーザー発振に取り組む研究開発本部素材開発の主幹技師である山嵜正明のアドバイスを踏まえて、また最初から考え直す。この繰り返しだった。

一難去って、また一難

 ミッションに取り組んで6年――。2005年の夏、ついに山嵜が求めるフッ化物光ファイバーができあがった。

 福島県にある工場から、リールに巻いてあるフッ化物光ファイバーが届くようになったのである。コアの径が10ミクロンにまで細くなり、曲げられるようになった証しだった。「最初は長い箱に新聞紙を置いて、そこにフッ化物光ファイバーを並べて送ってきていたんですよ」(山嵜)。

住田光学ガラス研究開発本部素材開発の山嵜正明主幹技師

 もちろん、性能も申し分ない。愚直に20年近くかけたフッ化物光ファイバーの技術が花開いたのだ。

 だが、皮肉なことに、同じ頃、緑色レーザー発振の開発に挑む山嵜は、決して乗り越えることのできない“限界”に突き当たってしまっていた。これを乗り越えることができたのは、「愚直」と並ぶ、住田光学ガラスのもう1つのDNA(遺伝子)である「機転」だった。

 「当時、緑色レーザーを発振するには、もの凄いパワーが必要でした」と山嵜は説明する。

 山嵜は、希土類の「Pr(プラセオジム)」にレーザーでエネルギーを与えれば、緑色に光ることを知っていた。

希土類(4f電子)の励起波長と可視域の蛍光(出典:住田光学ガラス)
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著者プロフィール

佐保 圭(さほ・けい)氏

フリーライター。1964年6月、兵庫県生まれ。88年3月、早稲田大学第一文学部卒業後、数々の仕事に就き、93年2月、フリーライターとなる。「日経ビジネス」「日経エコロジー」(いずれも日経BP社)、「大人の科学」(学習研究社)などで執筆。企業経営や環境、サイエンスなど幅広い分野で活躍している。



このコラムについて

踏ん張る! 日本の技術者たち

日経BP社は、日本の技術発展に寄与する目的で1991年に「日経BP技術賞」を創設した。表彰対象は、電子、情報通信、機械システム、建設、医療・バイオ、エコロジーと広範にわたる。社会と産業に貢献する技術や製品が、どのように作られ、世に送り出されてきたのか。技術者の生の声を通じて、日本企業の技術力の源泉を探っていく。

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