先日、2009年の日本の広告費が電通から発表されました。新聞広告が大きく数字を落とし6739億円となり、とうとう7069億円のインターネット広告に抜かれた、ということがあちこちで話題になっています。新聞広告だけでなく、雑誌広告費も前年比25.6%減の3034億円に大きく低下し、活字媒体ほどではないものの、テレビ広告も減少しています。
しかし、年間で1兆7139億円という断トツに大きな広告費を消化している、テレビというメディアは、対前年で数字を落としたとはいえ、まだまだ大きなチカラがあり、Twittrerのような新たなインターネットメディアとの相乗効果の中で、むしろ今後、再び伸びる可能性も大いにある、と感じています。
ただ、テレビCMという広告枠の中で流される映像コンテンツの中身は、以前に比べて変化してきていますし、今後もこの変化の流れは強まっていくと見ています。
「広告よりPR」の裏側にあるもの
テレビという、巨大な影響力のあるメディアの中でも、15秒CMや30秒CMといった「CM枠」の中で提示される「広告クリエイティブ」よりも、情報番組などの中の番組コンテンツの一部として自社の製品が紹介されたほうが消費者の反応が強い、という声をマーケッターの発言としてよく耳にします。
その背景には、いくつかの理由があると思いますが、中でも消費者がCMに対しては「結局は広告主の一方的な宣伝」という目で見るのに対して、番組の中での商品やサービスの紹介に対しては「一定の中立性が保たれた、情報として価値のあるコンテンツ」としてとらえてくれる、というのはよく言われることであり、事実、そうした傾向は否めないと思います。
テレビCMだけでなく、新聞広告や雑誌広告といったマス広告全般の影響力低下の一因には、消費者のメディアビジネスに対するリテラシーが向上した結果、広告宣伝に対してごく自然にセットされてしまう「接触フィルタ」のようなものがあると思うのです(消費者のメディアリテラシーの向上が続くなかで、番組コンテンツの中に仕組まれたPR予算という仕掛けに対しても、すでにフィルタが強まっていますが、それに関しての議論はまた別の機会にしたいと考えております)。
消費者の色眼鏡を外して見てもらえる番組の中で紹介されたい、という「広告よりもPR」という傾向は、これからもしばらく続きそうです。しかし、広告主が内容のディテイールやオンエアのタイミングまで、広告費を支払うことでコントロールすることが可能なテレビCMの役割がゼロになるわけでは当然ありません。
しかし、消費者のメディア接触フィルタがますます強化される中で、どのようなテレビCMに活路があるのでしょうか。
CMで知った、タコの赤ちゃん、エリマキトカゲ、泳ぐ象
YouTubeで、かつてのソニーのテレビ、トリニトロンの1973年のテレビCM「ぼく、タコの赤ちゃん」を発見して、思わず何度も繰り返し見てしまいました。
全日本CM連盟が選定する、テレビCM の殿堂入りも果たしている、名作中の名作と言われるコマーシャルです。
「見たことのない生物の映像」をテレビCMが届けた例としては、自動車広告におけるエリマキトカゲや、銀行のCMにおける泳ぐ象などが、有名です(泳ぐ象の登場する銀行のCMはYouTube上で発見できなかったのですが、リンクしている映像に極めて近いもので、最後に銀行名が読み上げられるシンプルな作品だったと記憶しています)。
こうしたCMの果たす機能によって、大勢の消費者に「エリマキトカゲのあのクルマ」とか「泳ぐ象の銀行」といったように、記憶してもらい、好意や関心を持ってもらって、やがてその中から商品を購入してくれる人が出てくる、という広告クリエイティブとしての構造でした。
しかし、こうした広告は、最近、めっきり見かけなくなりました。
何故でしょうか?
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