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遅れてやって来た日産、インドで中国の再現を期す

先発組へのキャッチアップ狙い大型投資

  • 池原 照雄

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2010年4月21日(水)

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 日産自動車のインドプロジェクトが本格始動する。仏ルノーと合弁で設立した年産20万台の能力をもつ工場が5月に稼働、初の現地生産車「マイクラ」(日本名「マーチ」)を立ち上げる。2013年までに同国での販売を10万台以上とする極めて高い目標を掲げている。

日産チェンナイ工場で「マイクラ」を披露するゴーン社長

 インドの乗用車最大手であるスズキは別格として、ライバルのトヨタ自動車やホンダには10年余り遅れた進出となる。同様に後発となった中国では、昨年に先発組をキャッチアップしており、インドでもその再現をめざす。

 ルノーと組んでの進出とはいえ、日産の事業展開は当初からスケールが大きい。インド南部の中核都市チェンナイ郊外に建設した工場は当初は年産20万台規模だが、近い将来には2ラインとして年産40万台に能力を引き上げる計画だ。地元州政府には、ルノーとともに2015年までに総額450億ルピー(約900億円)を投じると約束している。

 スズキの現地子会社マルチ・スズキはすでに年産100万台規模の生産体制を築いているが、トヨタはまだ6万台。年末に新興諸国専用モデルを生産する第2工場を稼働させて年産16万台とする。ホンダは現行で年産10万台。2009年の稼働予定だった6万台の能力をもつ第2工場の操業は11年以降に延期している。

「インド市場が急成長する時期に間に合った」

 インドは1990年代半ばまで自動車産業の外資を規制してきた。スズキが80年代初頭に進出できたのは、当初は政府との合弁事業だったからだ。90年代後半に外資規制が緩和されると、トヨタ、ホンダのほか米GM(ゼネラル・モーターズ)や独ダイムラー、韓国・現代自動車なども一斉に工場進出した。

 しかし、業績が悪化していた日産には10年先を見据えた投資余力は残っておらず、その後1999年にはルノーとの提携による再建へと歩を進めることになる。インドではチェンナイの新工場稼働を機に、一気に10年余の遅れを取り戻す構えだ。現地統括会社であるインド日産の徳山公信社長は「タイミングとしてはインド市場が急成長する時期に間に合った。十分、今後の市場拡大に対応できる」と自信を示す。

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