米IBMが「スマーター・プラネット(より賢い地球)」をスローガンに掲げた背景には、自社の研究開発に対する揺るぎない自信がある。IBMは米国特許取得件数で17年連続首位を誇る。全世界で3000人の研究員を抱え、その中にはコンピューター科学者だけでなく、生物学者や数学者、物理学者も数多い。年間のR&D(研究開発)予算は約60億ドル(約5400億円)と、日本の電機大手を大きく上回る。
日経ビジネス5月10日号特集「米IBM、インフラ企業に変身」の連動インタビューシリーズ第3回に登場するのは、日本IBM東京基礎研究所の森本典繁・所長。日本の研究陣を率いるトップが、IT産業とIBMの変遷について語った。
(聞き手は日経ビジネス記者、小笠原 啓)

森本典繁(もりもと・のりしげ)氏
日本IBM東京基礎研究所長
1987年日本IBM入社。95年米マサチューセッツ工科大学のEECS(電子工学およびコンピュータ・サイエンス)にて修士号を取得。96年にIBM東京基礎研究所へ。2004年から2005年にかけてIBMビジネスコンサルティングサービスに出向、基礎研究所のサービス事業に対する貢献の拡大に努めた。2005年より基礎研究所に戻り、サイエンス&テクノロジー研究チームを担当。2006年IBMリサーチ部門上級副社長の補佐として米国ワトソン研究所赴任。2009年5月より現職。
(撮影:後藤 究、以下同)
―― 特許取得件数など多くの点で、IBMの研究体制は電機・IT業界で群を抜いているように見えます。理由はどこにあるのでしょうか。
森本 電機メーカーの多くは、各事業部が製品開発部門や先端技術の研究部門を抱え、そのほかに中央研究所も抱えている。
一方IBMは、事業部ごとの研究を全て切り出して、基礎研究所に統合している。そのため、基礎研究から応用研究まで様々な研究者がミックスされているのが特徴だ。基礎と応用の両方を一手に研究しているのが、IBMの強さと言える。
研究分野の幅も広い。半導体やストレージ(記憶装置)など、コンピューターの基礎構造に関わる分野に加え、最近では数理科学の研究にも力を入れている。ビジネス分野でコンピューターを高度利用するには、それに特化した数理科学を用いてシミュレーションする必要があるからだ。
IBMは世界に8つの基礎研究所を持っているが、東京基礎研究所はこの数理科学で強みを持っている。さらに文書解析や自然言語処理などでも、優れた研究者を抱えており、バランスの取れた研究所だと言える。
ソフトウエアが独自の付加価値を持つようになった
―― それだけの研究資源を抱えるIBMが、なぜ外部の企業や政府を巻き込む「スマーター・プラネット」戦略を提唱し始めたのでしょうか。
ちょっと歴史を振り返ってみましょうか。
1970年代、IBMはハードウエアをビジネスの軸に据えていた。しかし、ハードは市場に提供できる付加価値の量が決まっているため、常にコモディティ化する宿命を持っている。
自動車は人をA地点からB地点に連れて行くという付加価値をもたらすが、ハードとしてはそれ以上のことはできない。
そこで、ハードウエアの「おまけ」と見られていたソフトウエアが、独自の付加価値を持つようになった。これが80年代後半のことだ。
いただいたコメント
コメントを書く