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研究室のライフサイクルsince 1886

造船学を守り育てた東大水槽と8人の教授陣

  • 宮田 秀明

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2010年7月9日(金)

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 私のオフィスは安田講堂の横の工学部3号館にあったのだが、この3月に引っ越すことになった。1940年に建てられた3号館の老朽化が激しいので取り壊すことになったからだ。鉄製のサッシは錆びてしまって開閉不可能なものが半分ぐらいというとんでもない状態が長く続いていた。広い東大の中で最悪の建物になってしまっていた。

 取り壊しと新築の間、教員たちは学外のオフィスビルか仮設建物に移ることになった。場合によっては教室まで徒歩20分かかるような構外の遠くのオフィスに引越さなければならない。そこで私は、私が30年間管理してきた実験施設「船型試験水槽」の中に1室を設けて引っ越した。東大水槽は長さ約90メートルの実験設備と2階建の研究棟から構成されている。この建物の2階には指導するべき20数人の学生がいるし、講義する教室までは徒歩15秒だ。

東大水槽は船に関する研究の頂点

 東大に29歳で転職してから約17年間の助教授時代もここにデスクを構えていた。アメリカズカップの仕事をしていた時は、2階でコンピューターシミュレーションや設計を行い、1階にある長さ約90メートルのプールのような実験設備で模型実験を行っていた。コンピューターシミュレーションと実験が同じ建物の中で行えることは、斬新な開発設計を行うために最適の環境だった。日本チームのアメリカズカップ艇が、予選で世界11チーム中2位になり最速のヨットと言われたのはその証拠だ。研究の世界でも東大水槽は長く世の中に知られている。船と波の関係および船の形の設計の研究では世界の総本山の一つと言っていい。

 長さ約90メートルの実験設備と2階建の研究棟は、それぞれ1936年、1937年に建設された。日本海軍の外郭団体である海防講義会の寄付によるものだ。こんな時代に建てられた実験設備だが日本海軍の軍事研究に用いられたわけではない。海軍の研究は目黒にある海軍の技術研究所で行われていた。例えば戦艦大和の船型開発のための実験は、目黒で行われていた。東大水槽はほとんど教育のためにだけ作られたのだ。戦後になってこの実験設備は、船の設計に関する様々な研究開発に目覚しい貢献をしている。船の形状設計法、船がつくる波の研究、コンピューターシミュレーション法の開発、アメリカズカップ艇の設計、これらすべての分野でこの施設における研究は世界の頂点にいた。1960年代からだから、かれこれ50年が経過した。

東大初の造船学教授、三好晋六郎先生

 定年を2年後に控えた私は、オフィスを古巣の東大水槽に戻し、改めて歴史を考えてしまった。

 2階建ての研究棟はゴシック風の歴史を感じさせる建物なので、カメラを向ける人を見かけることがある。その玄関脇に一体の銅像がある。1886年に造船学第一講座を担当した最初の造船学の教授、三好晋六郎先生だ。イギリスに留学後、できたばかりの造船学科の助教授になった。それ以来124年の間、ピンチヒッターの先生を除けば、8人の教授がこの研究室を運営してきた。私は8代目の教授になる。

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