小惑星探査機「はやぶさ」の7年間を描いた拙著、『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(マガジンハウス)が7月29日に発売された。本連載では事業仕分けを踏まえて政府の科学技術のあり様について警鐘を鳴らしてきたが、「はやぶさ」の帰還は別の形で日本の科学技術を考えさせられるきっかけとなった。前編では「はやぶさ」のプロジェクト開始から帰還までを振り返った。後編では、「はやぶさ」帰還後の国内の反響をお届けする。
「『はやぶさ』は日本の科学技術の誇り」から読む
「はやぶさ」の大気圏再突入、そしてカプセルの地球帰還に日本中がわいたのは6月13日のことだ。JAXA(宇宙航空研究開発機構)に対して国民が寄せた賛辞と喝采は、科学技術を担ういずれの機関も経験したことのないほど大きかった。
「はやぶさ」から分離されオーストラリアのウーメラ砂漠に着地したカプセルは、7月30〜31日に相模原市立博物館、8月2〜6日に筑波宇宙センター、そして8月15〜19日まで「丸の内OAZO(オアゾ)」1階の「○○(おお)広場」で公開された。さらに、日本科学未来館(8月26日〜30日)、JAXA角田宇宙センター(9月11日〜12日)と続く。筑波宇宙センターでは天皇皇后両陛下も「カプセル」をご覧になり、プロジェクトマネージャーの川口淳一郎教授らに技術的な質問もされたようだ。
各地のカプセル公開では、前夜からオープンを待つ人、一目見るために数時間以上も行列しなくてはならない場面もしばしば見られた。その人々は、この数年、ネット上で増えていた科学技術に関心がある「はやぶさファン」だけではなかった。幼稚園児や小学校の低学年の子どもたち、科学技術には縁遠いとされてきた若い女性や主婦の姿も多く、70代以上の女性も少なくなかった。
7年間の宇宙航海は60億キロメートル
「OAZO」は東京駅の丸の内北口の真ん前という好立地の商業・オフィス複合ビル。その入口を入ってすぐの屋内広場に公開場所が仮設されたが、公開中に3カ所でのカプセル見学者総数は10万人を超えた。カプセルは中華鍋ていどの大きさだが、その小さな宇宙機に対して人々がこれほど大きな関心を寄せた背景には、来場者の多くが口にしていた「日本の科学技術はやはり一番でなくっちゃね」という趣旨の発言が物語るように「事業仕分け」による先端科学技術潰しへの危機感も大きかったのではないか。
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1947年東京生まれ。獨協大学外国語学部卒。科学技術の現場を伝えた週刊誌連載「メタルカラーの時代」を単行本・文庫本で23冊出版、東京クリエーション大賞受賞。1997年以降、「環業革命」(環境技術による新産業革命)を訴えてきた。阪神・淡路大震災以降、災害・防災もテーマの柱の1つで多くの記事を発表してきた。NHKキャスター(通算7年)、2001北九州博覧祭北九州市館、2005愛知万博愛知県館、国民文化祭2005福井、各総合プロデューサー。JAXA嘱託、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、日経地球環境技術賞審査委員、講談社科学出版賞選考委員、北九州マイスター選考委員、計算科学研究機構運営諮問委員などをつとめる。日本文藝家協会会員。『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(2010年科学書Best Books1位)のほか『環業革命』『メタルカラー烈伝温暖化クライシス』『賢者のデジタル』など著書多数。







