• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

18歳になったThinkPad
日本開発陣はいかに奮闘したか

  • 谷島 宣之

バックナンバー

2010年12月24日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 18歳と言えば成人前の若者だが、はやりすたりが激しいIT(情報技術)ビジネスの世界にあって、18周年を迎えた製品ブランドを「長寿」と呼んでも良いだろう。

 さる10月5日、ノートパソコンThinkPad(シンクパッド)は18歳になった。18年間で販売されたThinkPadの総数はざっと6000万台というから、成人前とは言え、しっかり稼ぐ孝行者である。

レノボ・ジャパンの内藤在正副社長

 名前は英語表記であるものの、ThinkPadは日本生まれである。18年前、日本IBMが神奈川県大和市に置いていた事業所で誕生し、それ以降もずっと、大和の研究開発チームが設計と開発を手掛けてきた。

 米IBMが2005年5月、パソコン事業を中国の聯想集団(レノボ)に売却したため、法人名がレノボ・ジャパンに替わってからも、研究開発チームは大和事業所で活動を続けてきた。この12月に大和市から横浜市に引っ越したが、「ThinkPadの開発はこれからもヤマト」ということで、研究開発チームの名称は「大和研究所」になった。

 研究開発チームのリーダーは18年間、内藤在正氏(レノボ・ジャパン取締役副社長研究・開発担当)が務めている。内藤氏に、日本発のグローバルブランドをいかに確立したか、18年間の奮闘を振り返ってもらった。

18年間の喜び、苦しみ、失敗

 いささか失礼であったが、取材前に次の質問を内藤氏に送っておいた。

・18年間で「うれしかったこと」をうれしい順に3つ挙げて下さい。

・18年間で「難しかったがやり抜いたこと」を難しい順に3つ挙げて下さい。

・18年間で「失敗したこと」を失敗の大きい順に3つ挙げて下さい。

 取材当日、内藤氏は冒頭こう言った。「9つ選ぼうとして結構考えたのですが難しいですね。スポーツのように勝ち負けがはっきりしているわけではないので、“勝って万歳”ということも無ければ、“負けた。終わった”ということもありません。嬉しいことはたくさんありましたが、その裏には常に苦労がありまして、どっちに入れようかと悩みました」。

 悩ませてしまったことは申し訳なかったが恐縮していては仕事にならないので、「最もうれしかったことからどうぞ」と水を向けた。研究開発のリーダーである内藤氏らしい、技術に関する答えが返ってくるのでないかと思っていたが、回答はまったく違っていた。

 選ぶのに悩んだと言いましたが、最もうれしかったことははっきりしていまして、それは最も大変だったことに関連しています。18年間の間、一番大変だったのは、これはもう、IBMからレノボへ移ることでした。レノボになって2年目、私が面接した新入社員が入ってきてくれた時、「ああ、これでレノボとして落ち着いたかな」と思いました。これが一番うれしかったことですね。

 私も含め、大和のチームは、IBMにいてパソコンの設計開発をやっていくつもりの人達であったわけです。そこへ突然、「IBMではない状態になる」と言われた。2004年12月に発表があって、2005年5月には事業統合を終えるという。半年もありません。

 なんとか2005年5月にレノボに統合でき、翌年の春、第1期生の面接をして、2007年春に新入社員を迎えた。入社してくれたことも、もちろんうれしかったのですが、レノボという新しい組織の一つひとつのオペレーションがきちんと流れるようになった、その印として新入社員の入社をとてもうれしく感じたのです。

 最初にお話したように、このうれしさは苦労ゆえのものでした。正直に言えば、レノボへの事業統合が決まったとき、すべてのことが私の腹にしっかり落ちていたわけではありません。そういう状態で、チームの面々にどう分かってもらうか。説明や説得、これは大変でした。

 チームメンバーだけではなく、その家族に安心いただけるような、未来を説明しなければなりません。お客様に対しても同じです。ありがたいことに沢山の方から、ご意見や感想を頂戴しました。「これからもThinkPadをしっかり作っていきます」と説明することにかなりの時間を費やしました。

 大和の研究開発チームはほぼそのままレノボに移籍し、ThinkPadの開発は続行された。レノボへのパソコン事業売却が発表された際、内藤氏が「パソコンの仕事を続けたいからレノボに行く」と直ちに表明したことが、チームの維持につながったと言われてきた。とはいえ、当の本人も実際は分からないことが多かったわけだ。

コメント5

「経営の情識」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

人は何か自信を持って誇れるものを持っているはずです。

為末 大 元プロ陸上選手