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悔しい思い

環境ビジネスで繰り返すわけにはいかない

  • 宮田 秀明

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2011年2月25日(金)

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 仕事の人生が闘いだったら、勝ちたいと思うのは当たり前だ。ぜひ成功して成果を誇りたいという気持ちは大切だ。もし成功しなかったら、勝てなかったら、もう一度挑戦したい。

 そして、そんな繰り返しの中で、たくさんの悔しい思いがあるのが普通だ。競争相手に負けたり。つまらないことでつまずいて、成果を得る一歩手前で止まってしまうこともあるだろう。

 しかし、いちばん悔しいのは、勝っているし、ほとんど世界一の成果を生み出すことに成功したのに、その活動を止めなければならなくなったときだ。私の仕事人生は、そんな「悔しい思い」の連続だった。

アメリカズカップへの挑戦を断念、スポンサーを得られず

 最も悔しかったのは、アメリカズカップへの挑戦を中断したときだった。2000年の7月19日、海の記念日の前日、代々木の岸記念体育館で、第31回アメリカズカップ大会への挑戦を休止する記者会見に臨んだ。ニッポンチャレンジチームのユニフォームのブレザーを着るのも最後の日となった。この姿で記者会見場へ向かう途中、悔しさがこみ上げてきて泣いてしまった。涙が止まらなかった。

 7年間必死にヨットの開発のプロジェクトを闘った。“ヨット貧国”の日本のチームを予選で2位にまで持っていったのは、明らかに私たち技術チームの成果だった。私たちの開発したヨットは、ほぼ世界最速だった。だから当然のように、次の大会に向けて、2000年5月から、新しい技術開発戦略を練り始めていた。

 新しい戦略の第1は、「サイエンティフィック・セーリング」だった。艇の設計だけではなく、セーリングそのものを科学とITを究めたものにする戦略だった。それを実現するための技術開発戦略会議を、横浜のベイサイドマリーナで月2回、開いた。

 ところが6月末、突然の休止が決まって、7月の記者会見になった。記者会見で、私はほとんど何もしゃべらなかった。今から思えば、「私は休止に反対です。新しい組織で再開しますから、ご支援お願いします」と言えばよかったと思う。

 その後も私は、ほかの仲間や協力者と別の道を探す活動、つまり新たなスポンサー探しの活動を10月まで続けた。だが、力が足りなかった。

 成功し、これから伸びようとする活動を休止させられるとき、「悔しい思い」が頂点に達する。

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