• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

勇気なきインテリは「熟慮不断行」

真藤恒の技術経営を学ぶ[その2]

2011年4月7日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 技術(テクノロジー)を活かし、組織の古い体質を変え、新しい何かをやり遂げる。日本に今求められていることであり、NTTの社長・会長を務めた真藤恒氏が生涯取り組んだことでもある。著書『歩み』(NTT出版、1989年)に収められた語録から、同氏の考えと姿勢を学ぶ。「その1:事務屋、技術屋ではなく社会人たれ」に続き、講師は真藤氏から直接指導を受けた石井孝氏(元NTT常務)である。

◇   ◇   ◇

【スタート時は強権発動】

 新しい方向へ全体を転換させるスタート時には、本当に理解している幹部が、やみくもに命令して、それ以外には絶対やらせないぞ、ということから始めて、結果を見せて、納得させるやり方でやらないと間に合わない。

 習字を習う時でも、大人に手を握られて、いやおうなしに大人の力で動かされて、初めて手の動かし方のタイミングなり、押さえつけ、引っぱりの感じが出てくるものである。一回成功の経験を持つこと、自信が出てきてあとは、相乗効果ですべてのものが出てくるようになる。

 石井 この言葉を読むと、電電公社(日本電信電話公社)が民営化される直前、1985年3月末に、真藤さんと初めて話をした日を思い出します。当時、私は大阪の中地区管理部というところで管理部長をしていたのですが、東京まで呼び出されました。総裁室に入ると、すぐにまくしたてられました。

 「電話屋の大事な商売道具である電子交換機がダウンしても自分たちで直せない。代わりに交換機メーカーの担当者を飛んで行かせる。おかしいのではないか。なぜそんなことになるかと言えば、交換機用ソフトウエアをメーカーに丸投げしているからだ。石井君、どうだ、自分たちで直せるようにソフトを内製してみないか」

 まさに「スタート時は強権発動」そのものでした。

―― ずいぶんと性急な言い方だったのですね。

 石井 少し前に会った、ある大手メーカーの社長に対して立腹していて、物言いが激しくなったみたいです。

 「まったく頭にきたな。君はどう思う。なんとかしようと思わんか」。

 こんな感じで迫られました。真藤さんが大手メーカー社長に「交換機のソフトを自分たちの手で作りたいのだが」と相談したら、その社長に「我々が手を引いたらNTTはやっていけませんよ」と脅かされたそうです。

 私も「メーカー任せでいいのだろうか」と思っていたため、「現状はメーカーの言う通りかもしれませんが、ソフトの内製に挑戦してみるべきです」と答えました。このやりとりがあった直後の1985年4月、NTTの誕生と同時に、「中央ソフトウェアセンタ」という組織が新設され、私はそこの所長に就任したのです。

エースからお鉢が回ってきた

―― 総裁に直接言われたから断れませんね。

 石井 まあ、そうです。ただ、四半世紀も前のことですから打ち明けてもかまわないと思いますが、その場で初めて聞いて承諾したわけではなかったのです。そういう打診があるかもしれないと事前に聞いていました。

 強権発動される1週間ぐらい前、本社の技術系エースと言われた人物が私用休暇を取って、「飯でも食おう」と大阪に突然やって来ました。何事かと思い、夕食を一緒にとりましたら、「交換機ソフトの内製部隊を作る。真藤さんから君に呼び出しがかかるかもしれない。その時はぜひとも受けてくれ。必ず応援するから」と頼まれました。

 彼はエリートコースに乗っており、真藤さんとしばしば話ができる立場でしたから、言っていることは本当だろうと思いました。とはいえ、電電公社はお役所さながらのところでしたから、総裁と地方現場の責任者が差しで話すなど、まったく考えられません。彼が東京に帰った後、「本当に総裁から呼ばれるのか」と半信半疑ではありました。

―― 1週間考える時間があったので、交換機ソフトの内製を引き受けることを決めていたわけですか。ソフト開発の経験は無かったと聞きましたが。

 石井 真藤さんから打診されたら、引き受けようと腹はくくっていました。確かにソフト開発の経験はありませんでしたから、向こう見ずではありました。ただ、電電公社にいたものの、ハードウエアのモノ作り経験はあったので、何とかなるだろうと思ったのです。

 私は1958年に電電公社へ入って、通信機器の回路設計を担当し、20代後半には、市外接続用交換機の開発をやりました。その時は丸投げではなく、回路図を自分達で作り上げてから、メーカーに頼んでハードを作ってもらっていました。

コメント3件コメント/レビュー

内製化の話はわたしにも経験があり、納得することばかりです。これに関係するかどうかわかりませんが、わたしが所属しているデジタル機器の開発において次のような問題があります。最近の組込み機器開発においては、「私はソフトの担当だ」、「ハードの担当だ」、極端を言えば、「画像処理のハード担当だ」とか、「音質の担当だ」とかといったように専門化してしまい、それらを統合して全体を見るシステム屋がほとんどいない点が悩みです。ハード、ソフト相互のローテーションは、製品開発が超短納期(3ケ月で新製品)と技術の専門化が進み、余裕がないという理由でほとんど行われていません。他のメーカの友人に聞いても同じような悩みを抱えており、内製化とは違いますが、ハードもある程度分かるソフト屋、ソフトも作れるハード屋、両方を理解できているシステム屋を無理してでも計画的に育てていくことが必要だと悩んでおります。しかし現実は、至近の売上優先開発で後回しになっています。原発も専門化されすぎて、全体を技術もある程度理解したうえで俯瞰できる人がいないために収束に時間がかかってしまっているのではという気がしています。(2011/04/16)

「経営の情識」のバックナンバー

一覧

「勇気なきインテリは「熟慮不断行」」の著者

谷島 宣之

谷島 宣之(やじま・のぶゆき)

日経BP総研

一貫してビジネスとテクノロジーの関わりについて執筆。1985年から日経コンピュータ記者。2009年1月から編集長。2015年から日経BP総研 上席研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

内製化の話はわたしにも経験があり、納得することばかりです。これに関係するかどうかわかりませんが、わたしが所属しているデジタル機器の開発において次のような問題があります。最近の組込み機器開発においては、「私はソフトの担当だ」、「ハードの担当だ」、極端を言えば、「画像処理のハード担当だ」とか、「音質の担当だ」とかといったように専門化してしまい、それらを統合して全体を見るシステム屋がほとんどいない点が悩みです。ハード、ソフト相互のローテーションは、製品開発が超短納期(3ケ月で新製品)と技術の専門化が進み、余裕がないという理由でほとんど行われていません。他のメーカの友人に聞いても同じような悩みを抱えており、内製化とは違いますが、ハードもある程度分かるソフト屋、ソフトも作れるハード屋、両方を理解できているシステム屋を無理してでも計画的に育てていくことが必要だと悩んでおります。しかし現実は、至近の売上優先開発で後回しになっています。原発も専門化されすぎて、全体を技術もある程度理解したうえで俯瞰できる人がいないために収束に時間がかかってしまっているのではという気がしています。(2011/04/16)

日本では確かにチャレンジしない事が多いのでこういう、「やってから考えろ」のような考えも必要ですが、自分はこの考えが語られる時に意図的に無視されていると感じる事がある。リスク評価だ。ちょっと良く判らんが原発作ってみましょう。非常時の対策はまあこんな物か、で作って失敗では困るのです。徒労に終わるだけに成るかもしれないけどやってみようというのとは訳が違う。ちょっと便利になるが無くても困らないツールを作るのと、少しでも異常が出ると生死にかかわるツールを作るのは同じではない。シッカリ検討・試算することで結果実施しない事も、「やってみた」の内に入ると思います。(2011/04/08)

私は、昔、石井所長の下で仕事をさせていただきました。今回の「福島第一原発事故への東電の対応の拙さ」と、25年余り前の「電電公社神戸元町の電子交換機の長時間ダウンへの対応」には重なるものがあると考えます。その反省・対策としてNTTの「電子交換機ソフトの内製化」への取り組みになったと思います。今のNTTでも是非、その考え方(直営技術力の維持)を大切にしていただきたいと外から願っています。(2011/04/07)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

「タイム・トゥ・マーケット」で売らないともうからない。

栗山 年弘 アルプス電気社長