東北の一部の市町村を訪れて分かったことは、東北の地方公共団体はがれきの片づけは行ったものの、復興プランはまだ文章の段階に留めたままということだ。
市町村だけに復興を任せることは、ほとんど不可能なぐらい難しいと思う。人口4万人ぐらいの市を訪れると、「市の予算は年間130億円ですから、新しい用途に充当できるのはせいぜい5億円ぐらいです。復興を実行する予算は全くありません。おまけに市の職員は300人しかいませんから、復興を担当させる職員はせいぜい10人しかいません」といった答えを頂いてしまう。
こんな答えが返ってくる。こうしたこ状況のまま半年が経過した。必要なのは復興のための資金とプランだけでなく、プロジェクトマネジメントとプロジェクトチームなのだ。
復興構想会議はもちろん、各地方自治体の復興委員会や民間企業、有力な経営者が被災した市町村に色々な提案をしている。外資系のコンサルティングファームや大手ゼネコンが企画を手伝おうとしている例もある。
しかし、このように断片的な活動ばかりでは、あるべき復興プランは生まれてこないと思う。被災した当時者に経営力が不足しているばかりでなく、それを助ける人や組織もプロジェクトマネジメント力が弱そうなのだ。自称シンクタンクにも、ゼネコンにも、政府にも、プロジェクトマネジメント力が不足していることが大震災によって分かったと言っていいだろう。
長年にわたる政府主導のナショナル・プロジェクトの数々の失敗や停滞は、ここに至る伏線であったように思う。
政府が政策を実行する際にもプロジェクトマネジメントがあるべきだ。だが、この20年ぐらい、そのような認識が年々薄くなってきているように思う。国の様々なプロジェクトにおいて、経営力の無さを露呈している。それがそのまま国力に影響を与えるから事態は深刻である。一例は環境政策だ。環境関係の予算が補助金とバラマキ的な開発支援にしか使われないので、環境問題の改善は遅々として進んでいない。他のどの分野でもあまり違わないと思う。
国のマネジメント力はほぼ最低のレベルにある。国のリーダーシップ力も現在、歴史上最低であろう。小泉純一郎首相は中曽根康弘首相以来、珍しくリーダーシップを発揮した首相だった。それ以外の方は、残念ながら国政におけるリーダーシップが見えなかった。
震災後半年たっても復興庁を設置できていない。復興特区の指定も、震災後1年たってから行う予定になっている。国の経営力の無さの証明である。野田佳彦新首相に期待したい。
明治維新、終戦は若者が活躍した
こういう時に私たちはどう行動するべきだろうか。
今の日本は、明治維新や太平洋戦争の敗戦時に似ている。このことをもっと切実に認識するべきだろう。
幕末、日本は国際化を避けられなくなった。これに臨む徳川幕府に経営力は無かったから、明治維新が起きたと言えるだろう。軍事立国の道が間違いだったと分かった1945年の敗戦時には、同じように若い人々が立ち上がった。
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