• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「タイミング」が成功のカギを握る

アメリカズカップがなければシステム創成学科もなかった

  • 宮田 秀明

バックナンバー

2011年11月4日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 タイミングは大切だ。タイミングが悪ければ、大きなビジョンもビジョンのままでとどまってしまう。大きな成果も世に広まることはない。一方タイミングが良ければ、ビジョンは実現へのプロセスを歩み、成果は研究・開発・実証を経て世の中に普及していく(前回を参照)。

 筆者は2000年に、東大工学部の中にシステム創成学科を新設するプロジェクトに参加し、成し遂げた。この成果もタイミングの成せる技だった。

アメリカズカップのために専攻長を代わってもらった

 私は1995年8月に、1999年10月から始まる第30回アメリカズカップに参戦することを決めた。これ以降、私はニッポンチャレンジ・アメリカズカップ株式会社のテクニカルディレクターと東大工学部教授の二足のわらじを履くことになった。

 私の人生の中で仕事の密度がいちばん高かった時だ。時間管理が難しかった。だから、テレビを見ないのはもちろん、国際会議にも参加しないし、学会活動も断ることにした。研究活動はもちろん続けた。研究活動にとって、国際会議も学会も、必ずしも重要ではないのだ。世界トップレベルの国際論文集(研究ジャーナル)が最も濃い研究発表と交流の場だからだ。

 しかし大学の管理業務だけは断ることができない。私の所属する専攻は、大学院化に伴って船舶工学科から船舶海洋工学科を経て環境海洋工学専攻に変っていた。この専攻を管理運営するのが専攻長で、補佐するのが幹事である。それぞれ2年の任期で年功順に役目が回ってくる。

 私の直近の先輩のN先生が1997~1998年度、私が1999~2000年度に専攻長を務めると決まっていた。しかし、1999年10月からアメリカズカップの試合が始まるので、1999年度に専攻長を務めるのはかなりきつそうだった。そこで専攻の人事委員会で、この順番の変更をお願いした。N先生と1年おきに担当することにして、私が1998年度と2000年度の専攻長を務めることが許された。1998年は開発と設計の最大の山場になる年だったが、試合の始まる1999年よりはましだと思った。

企画委員を兼務

 初めて専攻長に就く直前の3月のある日、4月から工学部長に就任することになっていた機械系のNJ先生から電話がかかってきた。

 「研究組織委員会の委員になってください。」

 研究組織委員会は工学部の運営委員会のような組織だった。工学部長を支えて工学部を運営する。

 私は固辞した。
 「専攻長もありますし、アメリカズカップの仕事も兼業しています。無理です」

 でもNJ先生はあきらめてくれなかった。私が仕事を断ることが下手なのは今も昔も変わらない。

 そうして私は、研究組織委員会の委員も兼務することになった。委員として、私が最初に提案したのはこの組織の名称である。経営委員会か、運営委員会か、企画委員会とするべきという私の提案を受けて、NJ学部長はいちばん無難な企画委員会を選んだ。

 1998年6月の下旬、工学部企画委員会の合宿があった。金・土曜と1泊2日で鶴巻温泉に合宿し、懸案をじっくり議論することになった。事務方であるU事務長の提案だった。工学部ではなかなか珍しい活動だった。

 金曜の夕方、温泉に着いてまず露天風呂に入ったら、すぐ隣りで湯に浸っていたのはNJ学部長だった。それまでそれほど親しくはなかったが、ここで一緒に仕事をする出会いを感じた。

コメント0

「宮田秀明の「経営の設計学」」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員