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常に挑戦し、常に変化し、常に戦っていた

学士院賞・恩賜賞受賞の祝賀会を機に思ったこと

  • 宮田 秀明

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2011年11月25日(金)

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 11月7日、私の学士院賞・恩賜賞受賞の祝賀会があった。私は、これらの賞を頂いたことだけで十分満足だったし、セレモニー的なものは生来好きではないから、祝賀会の開催は本心ではどうでもよかった。だが、まわりの人たちが「あまり明るいニュースがない産業界のためにやるべきイベントだ」と言うのだ。

 そうして祝賀会実行委員会がつくられ準備が始まった。私の古巣の造船界の人たちが中心になった。めぐり合わせがよく、個人的に親しい方が会の中心にいるのはよかった。日本造船工業会の会長は、たまたまなのだが、IHIの釜和明社長だった。私のサラリーマン時代の旧友である。日本船舶海洋学会の会長は谷口友一さんだ。大学では1年先輩。しかも、同じ松山の出身だ。ビジネスの関係上やむを得なくスピーチする人が多い会になったら、わざわざ来てくださる人に申し訳ないし、私も楽しくない。

 どんなイベントもそうだ。楽しく盛り上げなければ意味がない。私の祝賀会も、来てくださるすべての人に、楽しく元気で温かい気持ちになってほしかった。

学士会館以外の会場はあり得ない

 会場は神田錦町の学士会館であった。古い建物なのだが、東大の伝統ある旧船舶工学科の看板講座である第一講座を担当した私としては、他の会場はあり得ない選択だった。この講座の2代前の乾崇夫先生は文化功労者だし、3代前の山県昌夫先生は文化勲章を授与されている。

 乾先生は一高野球部出身なので、戦前の野球部の話をよくお聞きした。日本の野球の発祥の地は、この学士会館がある場所なのだ。東大の前身である昌平黌、正岡子規の通った大学予備門はこの位置にあった。しばらく前に「野球発祥の地」の記念碑が作られた。縫い目の鮮やかな野球のボールのシンボルが目立つ。乾先生のご努力によるものだと聞いている。

常に挑戦し、常に変化し、常に戦っていた

 祝賀会の前に1時間ほどの講演をした。約200人の人に、私の人生経営と仕事経営を総括して伝えようと思った。エッセンスをまとめたつもりだが、しょせん1時間の講演だから、どこまでお伝えできたか分からない。

 私の人生も、私の仕事も、普通のものではないらしい。常に挑戦し、常に変化し、常に戦っていた。体力と頭脳が支えてくれた。何より、実現したいビジョンがたくさん現れた。実現できないことが許されない気がしていた。

 私の抱いたビジョンは数知れないのだが、例えば、こんなものだ。

 「船がつくる波の本質を解き明かしたい」
 「コンピューター技術を完璧に使った、船の形の設計法を開発したい」
 「コンピューターシミュレーション技術を使った設計法を他分野にまで広めたい」
 「安全で経済合理性の高い高速船を開発したい」
 「アメリカズカップで勝利したい」
 「大学を21世紀にふさわしい形にリフォームしたい」
 「いろいろな業種の経営を、もっと科学的・論理的なものにしたい」
 「東北の復興を世界に誇れるものにしたい」

 「したい」というのは私の願望だ。時々、私のことを「自分勝手に好きなことをしている奴だ」と言う人がいる。しかし、違うのだ。国のため、社会のため、産業界のため、今何をやるべきなのかを考えた。私が先頭に立たざるを得ない状況になっていることが多かった。私が主張し主導したプロジェクトも少なくないのだが、誰もできなくて最終的に「先生しかいないですから」という言葉にほだされて引き受けたプロジェクトが多かった。アメリカズカップの仕事は典型的な例だ。

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