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私たちはなぜ被災漁村に「子どもの夢のおうち」を作ったのか(その1)

2012年7月30日(月)

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 東日本大震災の被災地、宮城県石巻市北上町十三浜にある小さな小さな僻地漁村、大指(おおざし)。私たちの任意の支援組織「大指復興アクション」は、子どものための施設「大指十三浜こどもハウス」を建設、大震災から9カ月後の12月22日に竣工式を迎えることができた。

大指復興アクションによる「大指十三浜こどもハウス」。竣工間近の2011年12月7日。(写真:山根一眞)

 建設費は約1000万円。我ながら、まさかこんな大それた支援活動に没頭するとは思ってもみなかった。だが、その実現を目指す日々を通じて、「取材者=傍観者」では分からなかったであろう被災地の現実の一端を知ることができた。

 東日本大震災発生から19日後の3月31日、午後6時半。東京・西新宿のヒルトンホテルのラウンジで、東京医科大学渡航者医療センター兼任教授の増山茂さんと初めて会った。ヒルトン東京は、東京医科大学の隣にあるからだった。

「ぜひ、大指へ行って下さい!」

 私は、震災直後に、東京大学医科学研究所の上昌広特任教授のお誘いを受け、上教授が主催する医療ガバナンス学会のメーリングリストに加わった。そのネット上の医療者たちとのやりとりの中で、三陸海岸の被災漁村、大指では携帯電話がまだつながらないままで困っていると知った。そこで、NTTドコモの衛星電話を設置する仲介を行ったのだが、衛星電話は依頼からわずか1日で設置してくれたので安堵した。この縁をきっかけに、その被災漁村、大指の災害時の通信や情報の状況を取材するために訪ねることにした。

 そのことをメーリングリストに書いたところ、メーリングリスト内でやりとりをしていた河北総合病院(東京・杉並区)の理事長補佐、田口空一郎さんから、「ぜひ、紹介したい医師がいる」と言われ、会ったのが増山医師だった。田口さんとも、この時が初対面だった。

2011年3月31日、東京・新宿で日本登山医学会の増山茂医師と会い、石巻市の三陸海岸の被災状況などを聞いた。(写真:山根一眞)

 増山さんはとても温厚で熱血漢。山好きの登山家で、日本を代表する低酸素医学、登山医学の専門家。日本登山医学会の理事も務める。寒さが厳しい東北の被災者の方々は、燃料不足などから低体温症などの生命の危機に直面していた。どう「自分たちで」命を守ればいいのか、増山さんら日本登山医学会の医師たちは、被災者への診療と合わせて冬山のサバイバルのノウハウを伝えることを目的の一つとして被災地通いを続け、避難所内に設置する小型テントの寄贈なども行ってきたのだという。

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「私たちはなぜ被災漁村に「子どもの夢のおうち」を作ったのか(その1)」の著者

山根 一眞

山根 一眞(やまね・かずま)

ノンフィクション作家

ノンフィクション作家として先端科学技術分野の熱い人間像を描き続ける一方、3.11被災地支援活動も人生の大きな柱です。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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