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私たちはなぜ被災漁村に「子どもの夢のおうち」を作ったのか(その3)

2012年8月20日(月)

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 3・11から3週間後の2011年4月2日、津波被災地の取材のつもりで訪れた三陸の小さな漁村、大指(おおざし:宮城県石巻市北上町十三浜)だが、それは大指の漁師さんやその家族の皆さんとの深い交流の始まりになった。

 東京に戻り、大指が求めていた生活物資(女性の下着類、化粧品、子どもの本など)の提供を1週間かけて広く呼びかけた。私の地元、東京・西荻窪の地域防災の会「西荻PCの会」のメンバーに建築家の岡崎恭子さんも加わり、寄せていただいた支援物資を積んだ2台のクルマで大指を再訪したのはおよそ1週間後のことだ。

大指漁港の被災状況。漁港に面した作業場や住宅は壊滅した。2011年4月10日。(写真:山根一眞)
東京・杉並の地域防災の会「西荻PCの会」の女性陣が集めた新品の下着などの支援物資を見る大指の女性たち。2011年4月10日。(写真:山根一眞)

 私たちは夜、例の避難所外の「テント・サロン」で深夜まで酒宴兼意見交換を行ったが、話題の中心は仮設住宅だった。ここで、建築家の岡崎恭子さんが思いがけないことを口にした。

 「阪神・淡路大震災以降、大きな災害後の仮設住宅を見てきたが、あのレイアウトだけは許せない!」

 長方形のコマを単に並べるだけでは、まるで捕虜収容所のようではないか。仮設とはいえ、人々の交流があるコミュニティを作れず、各戸同士は分断されてしまう。大災害という試練を受けているだけに、仮設住宅に住む人たちの心の交流はとても大事だ、と。そして帰京後、「こういうレイアウトにするように頼みましょう」と、図面を描いて送ってきた。

 仮設住宅を小さな広場を囲むレイアウトにするだけで、お互いの顔が見える交流が可能になる。このレイアウトなら、仮設住宅が囲む真ん中で遊ぶ子どもたちの姿が、どの世帯からも見える。「いいでしょう」と。確かにその通りだ。大指の皆さんも「ぜひそれを」と要望した。

2011年4月10日の夜、大指避難所外の「テント・サロン」での漁師たちとの交歓会。左から2人目が建築家の岡崎恭子さん。(写真:山根一眞)
2011年4月19日、「仮設住宅はこんな感じの配置に」と岡崎さんが送ってきたスケッチ。

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「山根一眞のポスト3・11 日本の力」のバックナンバー

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「私たちはなぜ被災漁村に「子どもの夢のおうち」を作ったのか(その3)」の著者

山根 一眞

山根 一眞(やまね・かずま)

ノンフィクション作家

ノンフィクション作家として先端科学技術分野の熱い人間像を描き続ける一方、3.11被災地支援活動も人生の大きな柱です。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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