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20年前の震災を忘れない…「ビデオ30分」の悔恨とポン引きの声と

私にとっての阪神・淡路大震災20年(1)

2015年1月16日(金)

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 1995年1月17日未明に発生した兵庫県南部地震、そして信じがたい規模の阪神・淡路大震災。
 16年後に見舞った東日本大震災という空前の大津波災害で、阪神・淡路大震災への記憶や関心は希薄になった。
 しかし私にとっては、この阪神・淡路大震災の取材経験が今も人生のコアにある。
 取材した現地で何を見たのか、何を教訓として得たのか。
 20年前の取材の日々をふり返りながら、日本=巨大災害大国で生きる事を見つめ直したい。

「世界一の技術力」は脆弱だったのか?

 1995年1月17日は火曜日だった。

 当時、『週刊ポスト』(小学館)で連載を続けていたモノつくりの技術たちとの対談「メタルカラーの時代」の第186回目の原稿を前日夜に入稿して迎えた早朝、妻に「神戸で大変な地震よ!」と起こされた。

 テレビをつける。阪神高速道路が横倒しになっている。ビルがマッチ箱を倒したように横になっている。火の手もあがっている。
 えらいことが起こった。想像したこともない大都市の姿だった。

1995年1月17日午後1時過ぎ。テレビ各局が伝える阪神・淡路大震災の報道画面をキャプチャし構成したこの画像を「パソコン通信」で海外の知人たちにメール送信し、巨大地震の発生を伝えた。

 1991年4月に開始した「メタルカラーの時代」の連載では、世界一の日本の技術力を高らかに謳う内容を通してきた。純国産H-2ロケットの打ち上げ成功、大都市内の高速道路の建設、新幹線の保線、都市ガスや海底送電線の敷設、空港の建設や巨大トンネルの掘削、東京電力が関東だけでもすでに8000kmも敷設済みの地中送電線の工事技術などなど、いずれも日本を支える高度のインフラ技術、そして「ものつくり」が中心テーマだった。これこそが、世界に向けての日本の誇りなのだ、と。

 だが、今、テレビの画面に写し出されている神戸は、高度技術で構築されてきたはずの日本の大都市がもろくも崩壊したことを物語っていた。4年間にわたり書き続けてきた日本の技術とは、これほど脆弱なものだったのか。もはや、この連載は続けられないという思いが重くのしかかった。何が起こっているのか、現場を見ないことには納得できない。

1995年1月17日、各紙の夕刊。版によって犠牲者数が200人~1000人まちまち。まだ十分な情報が得られていなかったことを物語る。(山根所蔵資料)

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「20年前の震災を忘れない…「ビデオ30分」の悔恨とポン引きの声と」の著者

山根 一眞

山根 一眞(やまね・かずま)

ノンフィクション作家

ノンフィクション作家として先端科学技術分野の熱い人間像を描き続ける一方、3.11被災地支援活動も人生の大きな柱です。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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