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伝えたい…阪神高速28km、震災後20ヶ月「超高速復旧」の真実

私にとっての阪神・淡路大震災20年(3)

2015年1月27日(火)

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 1995年1月17日未明に発生した兵庫県南部地震から20年が過ぎた。
 その巨大地震災害の象徴でもあった阪神高速道路。その損壊、倒壊によって走行中の16名の方が亡くなったことには何とも胸が痛んだが、その復旧には何年も、何十年もかかるだろうと思われた。だが、わずか20ヶ月という信じがたい短期間に復旧開通を果たした。その空前の復旧大工事という仕事は、「震災20周年」でも伝えられることがなかった。

手抜き工事の噂、否定せず…真相が知りたい

 阪神・淡路大震災の現場入りした私たちは、約28kmにわたる阪神高速道路の被害の「広がり」をまのあたりにした。今回、ともに現地取材を行った写真家の山本皓一さんから、当時撮影したおよそ1000枚の全写真(ポジフィルム)を提供していただいたが、それらを見ながら当時の記憶が鮮明に蘇り、あらためて身震いする思いだった。

1995年1月22日、阪神高速道路神戸線の被害。(写真・山本皓一)

 その現地取材後、私は何度も神戸の被災地を訪ねているが、阪神高速道路の復旧工事を目にしながらも、その工事の内容はわからないままだった。同時に、あの高速道路の大被害の原因は何だったのかが知りたかった。

 阪神・淡路大震災の発生以降、こんな噂が広がっていたからだ。

 「手抜き工事をしていたからあれほどの被害にあったのだ」
 「東京と違い関西なので建築費をケチったために耐震性がなかった」

 阪神高速道路公団は、それらの噂に対して沈黙したままだった。噂は事実だったからなのか?

 復旧工事の全貌を知りたい、あの噂の真偽を確かめたいと、阪神高速道路公団の出口正義さん(神戸線復旧建設部部長、当時)と、週刊ポストで連載していた「メタルカラーの時代」での対談が実現したのは、震災からおよそ20ヶ月後、復旧開通を目前とした1996年9月6日のことだった。

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「伝えたい…阪神高速28km、震災後20ヶ月「超高速復旧」の真実」の著者

山根 一眞

山根 一眞(やまね・かずま)

ノンフィクション作家

ノンフィクション作家として先端科学技術分野の熱い人間像を描き続ける一方、3.11被災地支援活動も人生の大きな柱です。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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