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2007年を斬る: 著作権延長論に物申す

驕るな、クリエーター! 著作権保護は「創作から5年」で十分

  • 山形 浩生

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2007年1月22日(月)

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 つまり努力の面でも、自分が創造する価値への献身ぶりや熱意の面でも、「金のためじゃない、より良い仕事をしたいから、これを使う人に喜んでもらいたいから頑張るんだ」という意識の面でも、一般の人とアーティストや作家とは何の違いもない。働く人のほとんどは価値創造行為を行っており、いわゆる創作活動はその中の一部にすぎない。

「著作権」とは家族や子孫を守るためのもの?

 ついでに言うとシンポジウムでは、「自分の仕事を家族に残したい」とか、「太宰治の妻子は生き残っている」といった、家族をダシにした情緒的な議論も多く見られた。でも家族を思う心だって、アーティストが一般人より強いなんてことはない。家族思いは結構。でも、他の職業の人々だって家族のことは大事なのだ。作家だの写真家だの漫画家だの音楽家だのが特別扱いされる理由は、やっぱり全くない。

 そして、ほかのほとんどの価値創造行為によって創造された価値は、創作者の死後50年だの70年だのと保護されたりしない。そばやうどんのようにその場で消費されるか、例えば橋や道路や車のようにモノは数年から何十年も使われるがそこからの価値を創作者は受け取れない。文章だの音楽だの絵や写真だのは、現状ですら特権的な扱いを受けているのだ。まずそのことを認識する必要がある。

 なぜそんな特別扱いが認められているのか? それは松本零士の発言のもう1つの部分に関連している。

 「作家の作品は残る」

 松本零士は恐らく、この言葉を作品が与える感動のような意味で述べていると思う。そばの感動なんて(あるにしても)一過性のものだが、アーティストの作品はいつまでも人々の心を打つ、というわけだ。それはウソじゃない。松本零士の『男おいどん』は30年前も今も、確かに人々に感動を与え続けている。僕は中学生の頃、松本零士のマンガを読んで人生観が本当にがらりと変わったし、今の中学生にもそういう経験をする人がいても不思議じゃない。

 僕は高校生の時、ある店のそばを食べて衝撃的な感動を受けた。でも、ほかの人はそんなに感動しなかったかもしれない。今、同じそばを食べても僕はあれほど感動しないかもしれない。感動というのは、一人ひとりの人間の心のありように大きく左右されるものだからだ。その点では、そばと松本零士の作品に少しの違いもない。松本零士が努力して良い作品を作ったことは間違いないだろう。でも、その努力について、例えば“そば打ち名人”が行う努力に比べて多いとか少ないとか、高尚だとか低俗だとか優劣をつけられるようなものではない。

著作権は技術革新によるマイナス面の補正に過ぎない

 そばは何十年も保存することはできない。一打ち一打ちが勝負だ。松本零士の作品は、紙に印刷され、複製されて、保存されるから後世に残り、多くの人に享受してもらえる。そしてデジタル技術とネットワークの発展によって多くの著作物が爆発的な勢いで流通するようになった。

 なぜ、その果実をクリエーターたちは何十年にもわたって独占したいのだろうか?

 もちろん、複製しやすい、保存しやすいというのは諸刃の剣だ。そば屋は、自分の知らないところで自分の作ったそばが流通することを心配する必要はない。でも、漫画家は自分が描いたマンガがいつの間にか流通し、それが自分に全く見返りをもたらさないという事態が実際に起こり得る。それを補正すべく、一定期間と一定の範囲にわたって自分の作ったものの複製・流通について物言いがつけられるという著作権が認められるわけだ。印刷技術、複製技術が発達したため、その悪い方の影響を補正するために著作権というものが考案されたのだ。

 これはあらゆる権利について言えることだ。情報技術の発達によって、いろんな個人情報を集めて予想もつかない形で分析利用することが容易になったという変化が生じると、それに対してプライバシーの権利が拡大され、例えば個人情報保護法などが制定される。その結果、個人情報を利用することは難しくなる。技術が何かを容易にすると、法律などが制限をかけてバランスを取るということが繰り返される。

 著作権の期間を延ばせという主張は、つまり著作権者の権利を相対的に拡大しろという主張だ。ならば、それを正当化する社会的な変化はあるだろうか。以前よりも創作活動が困難になったとか、発表の場が限られてきたとか、著作権で守られているものだけに当てはまる環境変化があるだろうか。著作権延長によって補正されるべき変化が何か生じているだろうか。社会の中で、クリエーターや作家や写真家だけが受けている変化が何かあるだろうか。

 ほぼ何もない。

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