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読者の皆様からのフィードバック

ニュースを斬る 2007年を斬る: 著作権延長論に物申す

いただいたコメント

ご協力いただきありがとうございます。日経BP社は,読者の皆様からの投稿の内容につきまして,その信頼性,適法性などを一切保証いたしません。何らかのトラブルが発生した場合,日経BP社は一切,責任を負いませんので,皆様の自己責任においてご利用願います。その他,コメントに関する諸注意はこちらをご覧ください。

文化と著作権者の資産との対立と、利己的な政治家の問題なんだろうね… 日本の著作権法には文化を守ると言うような言葉も使われているのではあるが、著作権者を守ると同時にバランスしてそれを読む側などの文化も守るという観念がある。文化というのは社会的な公的なもので、それには著作権者の個人的権利が強すぎては社会的な文化にマイナスになってしまう。つまりその二つは対立するわけだ… 著作権者の権利しか考えないのであればそれは文化ではなくただの商品だ。 日本にはオタク文化というものがあって、最近では世界的に日本の文化の一つとして知られている。そのオタク文化の一つに二次創作というものがあり、それらは文化、あるいは文化の一面であるはずであるが何ら法的保護を受けていない。それどころか、著作権者の気まぐれ次第ではいつ刑務所にぶち込まれ犯罪者になるか分からない奴隷的立場である。 そう言った文化と著作権者の権利のバランスがなぜとられていかないかと言えば、それは政治的腐敗であろう。著作権者という一部の者にお金を集め献金させれば彼らの利益になるからで、そうやって国民の知らないところで著作権法は改悪されていく。(2007/03/27)

「どんどん低下する創作物の価値や重み」以下の論点がよくわかりませんでした。 「技術的参入障壁が低下→従来確保されていた著作者の利益あるいは権利が減った」という命題は成り立たないという論旨の説明部分だと思うのですが、著作物をごくわずかのすばらしい作品とそれ以外の価値の低い作品に分けて、「例外的なものは、例外的に対処するべきじゃないか」と論じるのは筋が違うのではないかと感じます。究極の名作なら無限に権利保護可能というような、作品価値と保護期間との対応関係を認める論旨のように思えて、上述の命題とは食い違うような印象を持ちました。 むしろ、例えば「男おいどん」や「プーさん」について、技術や社会の変化によって生じる死後50年間までを含む総利益喪失が、権利期間延長によって償うほどになるのかという議論をするべきではないかと思います。で、私論になりますが、考えてみますと、こういうのはすでに十分模倣・複製可能になっていたと思うんですね。つまり技術的には本来参入障壁はほとんどなかったので、現在の技術的・社会的変化によって生じる変化分はゼロ。つまり、権利延長すべき理由はない、という筋の方がいいのではないでしょうか。(2007/02/21)

この山形という方はなんて利己的なのだろうかと思う。 そりゃ著作権が早く切れてくれれば自分の翻訳のネタがロハで手に入るわけだから5年で切れてくれ!というのは切実な本心でしょう。 他人が考えた物をタダで手に入れて翻訳するだけで印税生活なんておいしいですよね。 ただ、だからといってこんなくだらない文章でクリエイターを貶める必要があるんですか?山形氏は罵倒・嘲笑するのがお好きな人のようですが、また謝罪するハメにならなきゃいいですけどね。 (2007/02/18)

著作権の延長は、文化庁の権限拡大ないし維持に役立つでしょう。言いだしっぺは、どなたかは知りませんが、7年ほど前に70年の根拠は、孫の代まで生計を維持できるようにするためだという説明を受けたときには衝撃を受けました。左団扇で生活できるようなぬるま湯的な生活を享受(享楽?)する集団から、文化人が、育まれてくるのでしょうか。貴族の復活でしょうか?現状の50年で十分ではないでしょうか?著作権管理の組織維持による、天下り先確保の意図が、衣の下のよろいが透けて見える。(2007/02/16)

クリエイターの主たるモチベーションが 「それで生活できるかどうか」に左右されると仮定しても、 せいぜい「自分(と家族)を食わせるため」であって、 「孫の代まで食わせる」ために創作活動してる人なんて いないでしょ? 5年を25年にしろ、というのならわかるけど、 50年を70年にすることが 文化振興にいい影響を与えるとはとても思えません。 自分はクリエイターへの敬意はとても大事だと思っており、違法コピーは絶対にしません。でもそれは、 クリエイターとその活動を支援している人達に対する敬意 であって、子孫を食わせるために、なんていう気持ちは これっぽっちもございません。 ともかく「クリエイターだけ特別扱いはおかしい」 という点には同意です。 クリエイターが生活できない、という状況があるん だったら改善しなきゃいけないけど、 それは、クリエイターに特権を与えなきゃいけない、 ということではない。 いや、クリエイターに特権を与えることは、 ひょっとしたら文化振興につながるのかもしれないけど、 それを「著作権の保護期間延長」という手段でやると したら、弊害も同じくらいは大きいのではないかと 思います。 ただ、一つ気になった点。 氏が言うところの「愚にもつかない代物」だったら 別に100年でも200年でも権利を保護してもらって かまわないと思う。 それらの代物を自由に使えないとしても 世の中にあんまり影響はないんじゃない? 「ずっと世に残るもの」にフォーカスして 保護期間を定めることは理にかなってるんじゃないかと 思うがどうでしょう。 その期間が5年なのか30年なのか50年なのかは別の話。(2007/02/06)

まず根本的な間違いを一つ。「アーティスト以外の人だってその何十倍もの人々が過労死」これは分母が違います。つまりアーティストの数自体が絶対的に少ないのです。また資本の原理で徹底させるだけでは良質の文化が失われると言う側面があります。「売れる」かどうかだけが尺度ではなく、存在できるかどうかさえ難しい。むしろ絶滅の危険がある野生動物のようなものです。文化的な議論なしでこの問題を語るべきではありません。山形さんは極端な単純化でアジテートしているので、騙されてはいけません(私も倣ってアジテートしてみました/笑)。(2007/02/05)

間接的で少数派の意見で恐縮ですが、著作権が長いと困ることの例をひとつ。音楽CD(アナログレコード)の廃盤、本の廃刊でコンテンツが正規に入手できないこと。音楽のほうは、ダウンロード販売が一般的になってきたので、解消しつつあるともいえますが、本は困る。欲しいほうにとっては、多少割り増しでも少数印刷でも対応して欲しいがなかなか難しいようです。プロダクトキーによるダウンロード(コピー不可)販売でも良いのでそういった仕組み作りを政府が支援してはどうか?そもそも今の政策からすると知財管理の「あり方」について明白な指針を政府が、示してもよいのでは?(2007/01/26)

著作権を取り巻く状況が単純ではないために、人により認識の違いがかなりあるようですね。状況分析を要素ごとにまとめた(相互関係も)サイトがあると良いのですが・・・というか、日経でそういうページを共有財産として作っていただきたい。(2007/01/26)

著作権を保持留保することで、著作者が何を求めるのかがよくわからない。派生物を発見したときに「私が最初に書いたんだ!」という主張をしたいのか(論文ならばそれでOKだろう)、それとも派生物に対して対価を要求する権利を所有したいのか。 延長したい人たちなり企業なりが求めるものは後者だろうから、登録料を支払って著作物を登録してもらった上で、単に「私が最初に書いたんだ!」といいたい場合は登録料のみ、将来対価を要求したい場合は対価請求権留保料を定期的に負担してもらう二段階形式の制度導入が自然ではないだろうか。 登録については、前提が著作物であるのなら、保護してもらいたいものは文字ないし画像であろう。とするなら、電子化して公的機関なりが片っ端から保持しつづけれる仕組みを創設すればよい。技術的には、既存の技術ベースで十分可能だと思う。 当然新たな設備が必要になるのでそれなりのコストがかかるが、それは知的財産立国として政府が創設資金を拠出(つまり税金で国民が負担)し、発生する登録料と対価請求権留保料で基本的にはカバーし、不足分は税金で補えばよいと私は考える。著作物は技術と異なり、基本的には陳腐化はしないと考えられるので、登録のみの分も含めて何百年とアーカイブの形で残す必要があるが、これは国民の財産と認識し、維持管理すればよい。 なお、記憶装置や情報処理装置などに対して継続的な需要が発生するし、莫大なデータを維持管理する技術開発への動機にもなろう。少なくとも、道路や鉄道を作るよりは、日本にとって有意義だと思う。 (2007/01/25)

ご意見に賛成です。 そばやうどん等の料理やサラリーマンの仕事というのは 次の世代へと継がれるものです。 クリエイターの仕事も継いでもらえばいいじゃないですか。 著作権法等に守られなくても、ご家族に継がせることは可能でしょう。ただしそれが非常に困難であることは、去年製作された大作アニメが酷評された事からも容易に想像できますが。もちろん蕎麦屋も会社も政治家も次の世代(世襲関係なく)の継承が上手にできなければつぶれます。しかしそうすることでみな切磋琢磨されるのではないでしょうか。 権利ではなく才能を継いで下さい。 (2007/01/25)

山形氏は論点をズラしすぎのようです。 日本の著作権制度の最大の問題は、著作権管理業者が中間搾取するので、 著作権者自身に十分な利益が配分されないこと。 著作権者が自分の作品の著作権料を、ナカヌキされずにすべて取ることができれば、 そもそも延長論は出てこないはず。 その意味で延長論者も論点がズレています。 (2007/01/25)

著作権って、本来は作品自体を保護するものなのではないのでしょうか? 利権を守りたいのであれば、やはり特許みたいに、私はこの作品に対して利権を守りたいという意思行動が必要で、それなりの審査を受け、それが他の著作を侵害していない、オリジナルの作品って公的な証明をもらう。 利権を得るためなので、当然申請者は、登記書面作成や登記費用と言う対価を支払わねばならない。 そのためにも著作物自体を守る法律と、著作物から得られる利権を守るための法律は明確に分けるべきではないのでしょうか? その上で、著作物自体を守る法律はある程度長期間に(それでも50年でも長いと思いますが)、利権は短めにが基本だと思います。 著作物を作成する際に使用する工業製品であっても、多くの知恵で作られています。 パソコンなど高機能な製品でなくとも、たとえば1枚の白い紙ですら、過去からの非常に多くの人々の英知を結集して作られています。 自分の創造物と言ったところで、世の中の他の創造物があった上で作られていると思います。 (2007/01/25)

山形氏が嫌っているクリエーター系の仕事をしています。 タイトルの『驕るな、クリエーター!』を見て憤慨しています。正確には『驕るな、松本零士!』と書きたいんでしょうけど。 浮世絵がほとんど海外流出してしまったのと同じく、古くから日本人は芸術に対する関心が薄い、というか見る目が無いのだなとコメントを見て思いました。芸術とうどんそばの違いも分からなかったからこそ、どんどん海外の人にあげてしまったのでしょうね。 そして現代になってまた同じ間違いをしようとしている。 これじゃ日本で芸術が育つわけがありません。 いっそウルトラマンも仮面ライダーもエヴァも全部ディズニーにくれてやればいい。そんな悲観的な気分です。 ジャングル大帝だってライオンキングという名で実質ディズニーのものになったわけですしね。(2007/01/24)

単なる個人的な思いですが、著作権は著作者本人又は代理人による登録制として、数千円程度の事務手数料で毎年あるいは5年に一回くらいで更新、といった形が妥当なのではないでしょうか。さらに、最長で没後何年までと決めておけばよろしいかと。(2007/01/24)

私は個人的には5年でも長いと思う。過去を振り返って5年以上前に考案・導入されたもので、今も当時の勢いを失っていないものは果たして何%あるでしょう? 何に保護する価値があるかは、人それぞれ意見が違い、結論は容易には出ないでしょう。美術館・博物館に並ぶ名作、懐かしの名曲・名場面。それらは風雪に耐え、時代を超え、それでも多くの人が支持してきたから、今でも価値がある。どこで読んだか忘れたが、「最も強いものが生き残ったわけではない。変わり続けたものだけが生き残る」名言だと思う。(2007/01/24)

我々の生活を向上してきた特許だって10-20年で消え、社会の共有財産となるのに著作権の50年は異常に長すぎると常々考えていました。 著作権はその人にのみ帰属するものでよいと思います。 クリエーターの傲慢という点でいえば、IT技術の発展でコピーが簡単になってしまったとはいえ、当のクリエーター達だって金のない若かりし頃にコピーをして感性を養っていたただろうに、と思います。 (2007/01/23)

著作権は、アメリカの富める者は更に富み、貧乏人は更に貧乏になれとゆう思想のように思います。一定期間については認めても良いと思いますが、その期間に著作権者は十分に対価を得ているのでは無いか。さらに、その期間を経過しても素晴らしい物については、その創造者に対して尊敬の念を持つのでないか。  松本零士さんもその対価は十分に得ているのではないか。名誉も十分に得ているのではないか。私達は、ある意味で松本さんに貢献をしてきたはずである。更にいつまでも、貢献を強いるのでしょうか?(2007/01/23)

余りの極論の為、有意義なコメントが少ないですね。 筆者もあえて極論を述べる事で、この記事が人気があると思わせたいという様な姑息な意図でもあるのでしょうか。 本当に意義のある反響を得たいと思うのなら、もう少し考えて記事をかいていただきたいと思います。 あと、他のメディアになるのでリンクは貼れないでしょうけど、小寺信良という方が書かれている著作権関連の一連のコラムが大変参考になります。興味の有る方はご覧になってください。(2007/01/23)

論調は過激ですが、言わんとすることはわかりますし、感情的には全く同感です。が、諸兄のコメントにある反論にも納得しています。ディジタルネットワークでほぼコストゼロで世界中で無限に複製できる時代ですから、やはり守るべきところは守るべきです。著作権でも著作者人格権と著作財産権に分けて考えるべきでしょう。人格権のほうは永久に保持されるべきですが、財産権のほうは発表後一定期間で破棄されるべきだと思います。死後などにすると、長生きしたもの勝ちのシステムになってしまいますから。あと、もっぱら企業が運用している著作物については商標権に近い扱いをしたほうが合理的だと思います。著作者は商標権者と契約を結び、商権を持つ団体に明確な経済的不利益をもたらさない範囲であれば、文化的効用から極力扱いを自由にして欲しいと思います。(2007/01/23)

著作権法の権利(著作権、著作隣接権等)の保護期間の制度趣旨は「著作者等に権利を認め保護することが大切である一方,一定期間が経過した著作物等については,その権利を消滅させることにより,社会全体の共有財産として自由に利用できるようにすべきであると考えられたため」である(文化庁長官官房著作権課「平成18年度著作権テキスト」22頁、文化庁HPより引用)。「情報」を占有することは物理的には不可能なため、本来、創作活動は誰でも自由になしうるところ、文化の発展という政策目的のため特別に認められたのが著作権(著作権法の権利)なのである。従って、保護期間延長の問題は、それによってもたらされる「文化の発展」と、「社会全体の共有財産としての自由利用」といずれにより大きな社会的メリットがあるかという観点から議論がなされなければならない。記事に問題点がなくはないが、どうも筋違いの議論がなされていることが伺えた。(2007/01/23)

僕はサラリーマンで、著作権による収入など皆無ですが、 特許や著作権は永遠に続いてもかまわないと考えています。著作権を取るかフリーにするか期間を設けるかは作者の自由でかまわないじゃないですか?著作権で儲けるのはズルいと言っているだけですよね?カラオケやマンガが死蔵されるワケないでしょう?みんなで自分の作品を世界に発信して著作権を申請したらいい。インターネットという武器が我々にはあるじゃないですか? 世界中の人に著作権収入があったらすばらしいでしょう?(2007/01/23)

著作権の期間延長は、米国がディズニー保護を実施したように、簡単に言えばこの場合日本の特産品として知的財産を考えていくのか、あるいは特許における先願主義への統一のような、同一条件への移行を模索するのか、という観点ではないでしょうか?本論で述べられている方向性でなら、何が知的財産として国際的に協調して保護していくべきかという趣旨でないといけないのではと思います。(2007/01/23)

70年延長案が提示された段階から反対派で、今でも反対派です。●いかに報道というものが、報道する側の都合だけで割愛されているのかを思い知らされた気分です。このような議論の場があったことは知っていましたが、松本氏の発言は初めて知りました。場があったことを知った報道で氏の発言も同時に入手していたら違う目で見たと思います。●その場で太宰の親族がらみの発言があったことは知っていましたし、それには一理あると思いました。その報道を見たとき「遺族のため」を言うのなら一代限りで良いじゃないか?とは思いましたが、蕎麦屋の例を挙げたことも知らなかったので、太宰と蕎麦屋を同時に報道されていたら遺族の件も賛成しなかったと思います。どんなに繁盛している蕎麦屋であっても、息子に終身補償しようなどという提案はどこからも出ないでしょうから。●知的財産で高額収入を得られる可能性がある別のものに、特許が挙げられるでしょう。現在最長20年ですが、毎年延長料を必要とします。少なからぬ代替え技術が有効期限前に発明されるので、これ以上の年数で保護してもしょうがないと思いますし、特許と著作権は違いましょうが、特許と違って自動的に取得できる権利ですから、同様に20年程度で十分なのではないでしょうか。死後70年まで延長するとジョンレノンの曾孫が権利を有して、さらにその孫が利益を遺産相続する可能性もあるのですが、そこまで保護する意義は感じません。●ここまでは自然人の話です。本心で70年を要望しているのは、法人だと思っています。一部の有名な曲や映画が旧法の著作年限を経過したということで、従来の著作権者以外の者から売られ始めていますが、旧法の著作権者たる法人が「違法コピー」呼ばわりして訴訟を起こしたものの「期限切れ」を理由に敗訴しています。70年主張者の本音は、これらも自社の利益にしたいだけだと思っています。(2007/01/23)

説には同意できますが、5年というのは敢えて極論を示して読者の反応を見るつもりなのでしょうか?あまりにも短すぎると思います。 また、著作権のあり方については多方面で問題になっているという認識を持っているため、単に50年を延長するかどうかの議論だけを行っても無意味に感じます。 著作権を保護する仕組みを改善せず、コピーされて文句を言っても仕方ないでしょう。もうそういう時代は終わり、これからはコンテンツのあり方まで含めて考えていかないといけないと思います。 特許を一緒くたに考えてる方がいますがまったく別種のため同義にするのは乱暴きわまりないと思います。特許出願のビジネス上の意味を考えてみて下さい。 (2007/01/23)

著者殿の意見に賛成です。 著作権は、言葉通り解釈するなら権利であり、権利を持つ創作者の死後も保護される、今の状況が不自然に思います。 著作権を財産とするなら、相続する場合はそれなりの支払い(課税)を行うことが適切と思います。 どちらの解釈でも、今の制度自体が問題をはらんでいるように思います。(2007/01/23)

そもそもこの問題の論点は、「著作権の保護期間を延長すべきか否か」であって、「著作権は保護に値するか(著作権を撤廃すべきか否か)」ではないはずです。それなのに松本氏は「著作権は尊い」という趣旨の失言をして、反感を買ってしまいました。これに噛みつくのも反対者側の生き方ではありましょうが、むしろ、「著作権の保護期間を20年延長することの得失」を実証的に議論する(ための実証データを改正提案側に要求する)ことのほうが有益ではないでしょうか。 このまま本筋と関係ない挑発に乗っていては、政府(文化庁)の思う壺で、本筋とは関係のない論争を続けた挙げ句に「議論は尽くした」として政府提案された改正法案がたいした中身の議論もなく国会で成立するという、いつものパターンにハマるだけではないかと思います。(2007/01/23)

そもそもこの問題の論点は、「著作権の保護期間を延長すべきか否か」であって、「著作権は保護に値するか(著作権を撤廃すべきか否か)」ではないはずです。それなのに松本氏は「著作権は尊い」という趣旨の失言をして、反感を買ってしまいました。これに噛みつくのも反対者側の生き方ではありましょうが、むしろ、「著作権の保護期間を20年延長することの得失」を実証的に議論する(ための実証データを改正提案側に要求する)ことのほうが有益ではないでしょうか。 このまま本筋と関係ない挑発に乗っていては、政府(文化庁)の思う壺で、本筋とは関係のない論争を続けた挙げ句に「議論は尽くした」として政府提案された改正法案がたいした中身の議論もなく国会で成立するという、いつものパターンにハマるだけではないかと思います。(2007/01/23)

著者のご意見に反対です。著作物がITの進歩によりあまりにもカンタンにコピーされるようになってしまっている現実を考えるともっと強い規制があってもよいとは思います。が、それで効果があるかどうかはわかりませんね。(2007/01/23)

「著作権延長論に物申す」の主張に賛成します。著作権を70年にしろという話が出ているようだが、論外だ。技術的なものは技術の進歩により、特許権を主張するまでもなく、陳腐化し、淘汰される。しかし芸術的なものは全てがモーツアルトや、レオナルドダビンチではあるまいし、寝食を忘れた技術者の努力の成果である技術的な革新の恩恵を忘れ、そこらのにある対象を撮影した写真、これらをコンピュータ処理でいとも簡単に創作した図形、絵画、映画、描きまくったマンガなどの代物が延々と著作権などを主張したのでは、社会的な不公正を助長する。更にはDNA操作、組み合わせにより自然の摂理に反して作り出した新種、生殖不能にした種子などの権利を孫の代にまで儲けの対象として保護するのはよくない。(2007/01/23)

そばの例は極端かもしれませんが、有名店のラーメンやケーキのレシピを盗んで転売したら犯罪ですよね?途中までは著作権に関する考えを改めさせられる、非常にいい記事だと思ったのですが、「一部の優れたものだけ」残せばいいというところでガッカリです。要するに「僕は松本零士の漫画を何十年も残す価値があるとは思わない」という記事でしたか? 「一部の優れたもの」を選ぶ客観的基準がなく、一律に著作全般を考えるからこそ著作権問題が難しいものなのではないのですか?ほかは概ね支持できる内容だったので残念。(2007/01/23)

クリエーターの傲慢云々とコンテンツビジネスを分けて考えるべきかと。商標権の様に更新料をとって保有を認めれば良いと思います。登録から一定期間を無料にすれば、現行の著作権者にそれほど不利益ではないでしょう。すでに書かれている方もいますが金を払ってまで保有し続ける価値のあるものは極少数です。でも、ディズニーがミッキーのバンダイがガンダムの権利を持ち続ける事に疑問を感じる人はあまりいないのでは?(2007/01/23)

まさに痛快な論調で全面的に賛同します。価値ある作品を一つしか作れない芸術家と価値ある製品をいくつも作れる職人。どちらが上という区分はおかしいのです。人の活動を社会的貢献度で評価するなら、芸術家と称するものだけが権利を主張することは異様です。ましてや、本人の評価や保護ならいざ知らず、価値を生み出すことに何の関係も無かった家族や子孫に権利が移ることは社会的正義ではありません。作家は作品を社会に送り出すことで作品は社会的存在になり、作家はそれに対する尊敬を受けるだけです。それが著作権の 意味だと思います。(2007/01/23)

さすが日経だととても感心しました。 米国ではすでに著作権法が改正されてしまった。 この米国の著作権法改正はミッキーマウス保護法と揶揄されているように、ミッキーマウスの生みの親であるウォルトディズニーの傲慢な思想により生み出されてしまった物であることは間違いない。 断っておくが、ディズニーの悪口が言いたいのではない。 ディズニー社にだって、努力をいとわない経営陣やまじめに働くサラリーマンは当然いる。 彼らに罪はない。 彼らはクリエイターの勝手な言い分を振り回された挙句、利益のみをクリエイターに持っていかれている被害者であることを忘れてはならない。 ウォルトディズニーのような、既得権益にしがみつくようなクリエイター達は、言葉は悪いが、この世から消え去って欲しい。 その上で,著作権法が改正されるのなら、その法律は正しい法律であると思えるのだが・・・(2007/01/23)

ばかじゃなかろうか。そもそも創作物とそばやうどんを同一視することがばかげている。このくだらない記事の文章にも著作権は発生するが、だれもこの文章を盗んで儲けようとは思わないし、儲かりもしない。しかし、宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999では、莫大に儲けることができる。その儲ける権利が創作者にあるのは当然である。たった5年で著作権が切れたらどういうことが起きるか。例えば、今日何かの文章や絵や写真を創作した人がいて、5年後まで誰の目にも触れず、5年を過ぎた時に全く関係の無い者がそれを用いて儲ける事が可能になる。創作者には1円も入らない。また、勝手に改変することも可能になる。様々な亜流が出現する。様々な商品に利用される。それでも創作者には1円も入らない。シャッターの一押しの写真が軽い存在なのなら、自分でシャッターを押せばいい。既に数千円で著作権フリーの写真も存在する。自分では生み出せないが、他人の創作物を只で利用したいという卑しい根性は、文化の進化を否定するものでしかない。(2007/01/23)

延長賛成派のクリエーターの人たちは 彼らの論理に反論しようとするときにその傲慢さを指摘する事が 一種の人格攻撃になる事を分かってて、確信犯的な議論を展開しているように思えます。 我々は 勇気を持って皆で彼らの傲慢さを指摘しなければならないのかもしれません。 彼らは 大きなモノを手に入れたとたん、同じクリエーターに対する尊敬の念や、昔の彼らと同じように 偉大な先輩達の作品の中から己の創造のヒントを見つけ出そうとする後進達を見守る優しい心や、彼らを 賞賛し支持した人たちへの感謝という物を忘れ、おのれの利益だけを守ろうとする利己的な人間になって しまった。 クリエーターは 自分たちを育ててくれた社会に恩返しする事も考えるべきです。延長賛成派の理論に潜 む傲慢さは 自分達の創作活動だけが保護されるべき特権的な物だという考え方だけではなく、自分の力 だけで伸し上り、自分だけが一方的に与える立場に立っているのだという思い上がりにも有るのではない でしょうか。 考えてみれば これはクリエーターだけでなく、一人の人間としての心持ちの問題ですね。(2007/01/22)

延長賛成派のクリエーターの人たちは 彼らの論理に反論しようとするときにその傲慢さを指摘する事が 一種の人格攻撃になる事を分かってて、確信犯的な議論を展開しているように思えます。 我々は 勇気を持って皆で彼らの傲慢さを指摘しなければならないのかもしれません。 彼らは 大きなモノを手に入れたとたん、同じクリエーターに対する尊敬の念や、昔の彼らと同じように 偉大な先輩達の作品の中から己の創造のヒントを見つけ出そうとする後進達を見守る優しい心や、彼らを 賞賛し支持した人たちへの感謝という物を忘れたのでしょうね。 クリエーターは 自分たちを育ててくれた社会に恩返しする事も考えるべきです。延長賛成派の理論に潜 む傲慢さは 自分達の創作活動だけが保護されるべき特権的な物だという考え方だけではなく、自分の力 だけで伸し上り、自分だけが一方的に与える立場に立っているのだという思い上がりにも有るのではない でしょうか。 考えてみれば これはクリエーターだけでなく、一人の人間としての心持ちの問題ですね。(2007/01/22)

説得力あるかつスピード感あふれる文章に感銘。まったくその通りと思う。それにしても70年と言えば今だったら1937年-戦前ということになるが、そのころから残っているものがどれだけあるだろうか?と言うことを考えてみるとよい。「自分のものは残る、70年後まで金よこせ」と主張するのは、相当の自信過剰で強欲な話ではなかろうか。 ところで著作権と特許の差異だが、特許は20年という保護期間の他に維持費用がかかる。有用でないゴミ特許の多くは費用対効果の関係で大概廃棄される。著作権も維持費用がかかるようにしたら良いと思う。どうでも良いものは廃棄され著者が本当に守りたいものだけ残っていくだろう。(2007/01/22)

松本零次氏の言葉に違和感を感じますが、あなたの文章にも非常に違和感を感じます。作られた物への冒涜のようなタイトルもどうかと思う。 うまいうどん屋の調理方法は他が知りえない、医者は金を払い勉強をし免許をとる、エンジニアは特許をとり技術を保護する、想像を形にしたものを著作権で保護する。一体あなたは何を言いたいのか?腹が立ったからそれらしく文章を書きなぐったようにしかみえない。(2007/01/22)

原作者に対するご意見はいつもながら Yes 以外に有りません。 内容が散逸してしまうので今回は不要かとおもいますが、 著作権保持法人/団体にたいする切口もぜひ伺いです。 原作者を盾にした上記団体の「陰謀」説としかおもえないからです。 話は変わりますが、週末に不利益な事を広報するのが 常套となったように、初期の資本主義を彷彿させる 強面な法人格の意思や存在がますます 目立っている出てきているように感じます。(2007/01/22)

松本氏の「そば・うどん」発言は、真剣に検証するに値しないような発言で、まぁ近所のオジサンが口を滑らせた程度に認識しておけばよいでしょう。 でもま自分の作った物を使って他人が「利益をあげる」のが心情的に納得いかないのは想像するに易いですよね。 非営利目的利用は無料。営利目的の場合は利益の配分を受けるという形が現実的なのでは?(2007/01/22)

日本だけ5年になった場合、クリエーターはその拠点を海外に移し、海外でパブリッシュして日本に「輸出」することになるでしょう。 しかし、5年後にコピーし放題になるのでは、メリットは全然ないので、日本への輸出など最初からありえない話になります。 ハリウッド映画も、洋楽も、ゲームコンテンツも、日本では観ることも聴くことも遊ぶこともできなくなるでしょうね。 海賊版が視聴の唯一の手段になるでしょう。 ネット時代なので、まったく観られない事はないでしょうけどね。 日本のコンテンツビジネスは、そこまで軽視されてるかとおもうと、がんばって作る気が萎えてきます。(2007/01/22)

総論は賛成だが『著作物のほとんどは「超級アイドルの肉感ぷにぷにボディに視線釘付け!」なんていう愚にもつかない代物ばかり。』の一文で台無し。この文を読んだ後で1ページ目の文章を読み直すと“この一言に何か直感的な違和感を感じた”。(2007/01/22)

私はむしろ山形氏の文面に直感的な違和感を感じています。 松本零士氏の「うどんそば」失言?を槍玉に挙げてご自身の考えの正当性を訴えていらっしゃいますが、単なる揚げ足取りに見えてしまいます。 それより著作権保護を5年にすることによるご自身のメリットを語っていただきたいです。例えば山形氏がご自身の著作の中である物を引用したいと考えた場合著作権は非常に邪魔なので、本当は著作権なんて無ければいいんだけど、まぁ5年は認めてやるよ、という考えが透けてみえるような気がしますがいかがでしょうか。 (2007/01/22)

追伸、 強いて言えば創造者は常に「ネクストワン」といい放ち単なる摸倣者を一客するぐらいのイノベーターであって欲しい。(2007/01/22)

自分の子々孫々のため、特許も70年にしてほしい。 自分はとにかく持てる力のすべてを科学と特許に注いでいる。音楽の連中は適当に歌を歌ってで家を建てたりできるが、自分たちには特許しかないのだ。 (2007/01/22)

自分の子々孫々のため、特許も70年にしてほしい。 自分はとにかく持てる力のすべてを科学と特許に注いでいる。音楽の連中は適当に歌を歌ってで家を建てたりできるが、自分たちには特許しかないのだ。 (2007/01/22)

山形氏の著作権5年論は大変感銘した。そもそも、創造とは摸倣の集積でありその摸倣自体を規制し先行者のみを既得権益とする考え方自体氏のおっしゃるとおり傲慢そのものだ。摸倣大いに結構ではないか。それは、その作品がすばらしいから摸倣されるのだ。金品ではなく芸術のため創作されるのであれば摸倣される名誉として受け止めればいいのだ。ここで、問題なのはデジタル技術の進歩により安易な複製の話だと思う。だが、それを凌駕する真贋の技術がまた必ず技術の進歩により登場するのだからとやかく言いこなしだ。真の創造者なら「まねできるならしてみろ」ぐらい言ったらどうだろうか?(2007/01/22)

この記事を読むまで『へぇ~伸びるんだ』程度にしか考えていませんでした。 すべてを延長するのではなく特定の具体的な物だけなどにした方が私も情報社会としてうまくやっていける気がします。 これからも良い記事を書いてください。(2007/01/22)

著作権と特許の違いは何 保護期間も同じでいいのでは まさか私にも作れるとは言わないでしょ(2007/01/22)

その通りだと思います<一部クリエイターの傲慢 (2007/01/22)

異議なし。ほぼ完璧に言い尽くして下さっている。お見事。敬愛する松本零士先生の頭の古さにはがっかりした。安部公房先生が生きていらっしゃったら、どう思われるだろうかと考えた。(2007/01/22)

山形氏のご意見はもっともだと思います。しかし、ここで反論をすることが法制の改正にどの程度反映されるのか、されないのか、わかりません。氏の改正反対にむけた具体的活動、あるいは我々が取り得る行動などがありましたら、ご紹介いただければ幸いです。(2007/01/22)

著作権は、その名の如く、『権利』です。権利を持つものはそれに付随する 義務を負わないといけません。 著作権に付随する義務は、(相応の対価を伴って)著作物を提供する義務だと 思います。著作者が利用者に提供しない、もしくは不当な対価を要求している場合に、 仲裁して合理的手段で提供する仕組みがない限り、違法コピーはなくならないと 思います。 (2007/01/22)

賛成ですね。 そばとの比較は非常に分かりやすかったです。 さて、松本零次と槇原敬之の紛争がありましたが、何かとお騒がわせな人なんだと感じます。 (この件はどっちが正しいかということは置いといて) そんなに人に使われるのが嫌なんでしょうか? もっと心大きく、「使ってくれて有難う」ぐらいの器ならばこんなことの議論にはならない気がします。 当然、ある程度の保護は必要ですが、死後50年でも長いと感じます。特許などと同等の期間で良い筈です。 (2007/01/22)

私は著作権に関連する仕事をしています。そんな私でも個人的には「せいぜい死後50年で十分で70年なんて長すぎる。すぐれた著作物ほど早く人類の共有財産にするべき」だと考えます。コンピューターソフトはともかく、創作後5年は短すぎるのでその点は賛同できません。音楽なんて、カラオケでみんなに歌われるように(果実が得られるように)なるのに10年はかかります。公表後50年でもよいかと思います。保護期間延長論は英米では70年になっているのでそれに合わせたいのでしょう。(2007/01/22)

全面的に賛成です。 アーティストの方々とそば屋さんとの 本質的な比較が特にすばらしかったです。 料理は芸術だと思います。 でもゴマ豆腐や軍艦巻きに対して 誰も権利使用権も払っていませんし、 真似しても罰せられません。 この現状をアーティストの方々はどうみるのか。 アメリカではミッキーマウスとともに著作権での 権利期間が年をとっていく現状ですので、 日本は追随せず、一家言世界に示してほしいと願います。 (2007/01/22)

そばやうどんが誰にでも打てるとうなら、 漫画なんかも誰にでも描けます。 面白いかどうかは別ですが、 それはそばやうどんがおいしいかどうかと同じはず。(2007/01/22)

確かに的を得ていますね。一つの創作作品は、次のクリエーターの餌というか食物であるべきだと思います。利権を守りたい気持ちは分かりますが、自分の利権を守れば、クリエータ市場全体が沈降していく・・。社会と同じ様に、消費と想像の回数が釣り合うように、古参のクリエータには未来を見て仕事をして頂きたい物です。例えば大学のクリエータ学部の教授になるとか、学校を作るとか・・そういった社会貢献を前提にした上で、利権を保護すべきではないでしょうか?リサイクルされない社会は、息苦しい嫌な社会ですよ・・。(2007/01/22)

「そば屋やうどん屋の遺族を守ってくれる」法律はないが「のれん」はあるでしょう。そのそば屋うどん屋のそばうどんはその作り方のノウハウ・商標・営業方法に価値があり、出された商品守るべき価値があるのではないでしょう。商品は消費されるものです。松本零士の描かれた漫画本は消費されるもので、出されたうどんとそばと一緒ですが、そのキャラクター、構想は何度でも再生が可能です。そのそば屋うどん屋のそばうどんはその作り方のノウハウ・商標・営業方法も一緒です。そしてそれは、すべからくとはいいませんが、法律で保護されており、又それが不十分だというならば、それを補完すべきでしょう。人間は思考する存在です。形のないものに価値を見いだすことのできる唯一の存在です。(2007/01/22)

「自分たちは、お金とは関係ない崇高な価値創造行為をやっていて、・・」と言わないにも漂わせるのであれば、高い原稿料やそれこそ死後50年も著作権法に守られて、印税収入を得るのは如何なものかと思います。 インターネットが普及した社会で、PtoPソフトやYoutubeなどのサイトにおいて、映画/楽曲/テレビ番組などがUPされるようになり、不特定多数の人が閲覧したり、自分のPCに保存して楽むことが出来るようになっている今、そちらに目を向け、話し合うベキではないでしょうか。 著作権延長の論議をする前に、まずは、著作権そのもののあり方や規制方法に焦点をあてて話し合う必要があると思います。 そもそも、著作権が死後も続くのはどうかとは思いますがね。。生きてる間で十分だと私は思います。(2007/01/22)

まことにおこがましくも、意見を述べさせていただきます。 1. 私はこれ等の権利には無関係とおもわれるグル-プに属しています。 2. ご意見には全面的に賛成です! 3. 著作権の長期間の保護は世界の文化、技術の発展に有害だと考えています。 4. 文化面以外の知的財産権:特許権、実用新案権、意匠登録権などは15年から、20年と著作権に比べて格段に短いのです。これらの違いを説明する合理的な理由は私には思い浮かびません。敢えて言えば、後者の権利は企業に所属することが多く、前者は個人に所属することが多いから、弱者である?個人をより強く保護する必要があるとでも考えますか? でも、最近は特許権も個人の権利をより重視(金銭的な評価)する方向になっているのは世相です。 5. 以上のことから、著作権は保護の期間を短くする方向に行くのが世の中のためであり、長くするなどということは、まして、生存中は無期限に認めるなどということは妥当でしょうか?  最大限譲っても、作品の発表後、一定期間が生存中の期間かいずれか長いほうとするべきだと考えています。(2007/01/22)

坂本教授(と言って判る人を対象にしたいですが)でさえ、生み出された作品は過去の知に基づいているというお話を聞きました。 ウィキペディアの様に人類の共有財産として知的財産権、著作権を考えるべきであると思います。 既にあげられているコメントで指摘される様に、特許権と同じくらいの保護期間とし、年金制度とするのは良い方法だと思います。 (2007/01/22)

賛成ですね。特に、コンピュータ・プログラムは、早く5年程度にしないと、技術革新や、公共の利便性がそがれます。この情報過多で、変化の激しい時代に、同じようなものがでて当然ですし、遺族の保護という理由も、現実と乖離しています。欧米の資産家による権利囲い込みにすぎません。期間短縮に向けて、世界的な、運動を展開してください。(2007/01/22)

特許権はものすごい苦労とお金をかけて生み出したのに、保護されるのはほんの10数年で、さらにお金もかかります。 著作権はぺらぺらっと適当に書いたりつくったりシャッターを押しただけで50年です。 ばかばかしいことこの上ない。 著作権も登録制・有料制にすれば、無意味に何でもかんでも 著作物としてピリピリする必要もないのに。(2007/01/22)

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