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音楽は街を活性化する
人口28万のフランス地方都市が元気なワケ

  • 真弓 重孝

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2007年2月16日(金)

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 あなたの会社の本社が東京にあるとして、別の都市に拠点を移すとする。その時、移転先を選ぶポイントは何か。

 企業としての視点に立てば、交通網や電力、通信などインフラの充実度、課税率や優秀な人材を確保できるのか、そして周辺地域のマーケット規模などが気になるところだろう。

 一方、生活者の立場なら、気候や治安、周辺に良い医療機関や学校があるのか、物価は安いのか、買い物は便利にできるのかなど、生活に直結する内容が、まず気になるところだ。では、その次に気になるポイントは。ひいきのスポーツチームがある、食べ物がおいしいなど、様々あるだろう。その中に、文化や芸術の充実度を重視する人はどれくらいいるだろうか。

ラ・フォルジュルネ

フランスの地理(上)と
ナント市にある旧跡「ブルターニュ大公城」(下)

ラ・フォルジュルネ
ミシェル・ギヨスー氏

音楽祭運営会社の幹部、ミシェル・ギヨスー氏

ラ・フォルジュルネ

ラ・フォル・ジュルネの会場の一角

ルネ・マルタン氏

ラ・フォル・ジュルネの生みの親
音楽プロデューサーのルネ・マルタン氏

 フランスで6番目に人口の大きな都市、ナント。

 パリから南西に向かい飛行機で1時間、仏版新幹線TGVでは約2時間の距離にあるこの都市は、「芸術的に豊か」なことが1つの決め手となって、フランス国鉄(SNCF)の予約関連部門やフランス郵政公社(La Poste)の金融関連部門が移転してきた実績がある。

 SNCFの移転ではナントでは500人超の新規雇用が生まれ、郵政公社の場合では400人近い雇用が生じた。企業の移転などもあってナント市の近郊を含む人口は55万人と1990年以降に10%増加し、雇用もこの10年で30%近く増えている。

 ナントに企業や人が集まるのはなぜか。ナント市の外郭団体が作成した報告書の中には、資格や技術面でスキルを持った人材が揃っているが、人件費が他の地域に比べて10~20%安いことなどが紹介されている。こうした経済的な側面に加えて、評価されているのが文化や芸術で豊かであるということだ。

 SNCFの場合、従業員に移転先としてナント以外に、ボルドー、レンヌなど他の候補を挙げて選ばせたところ、ナントを支持する従業員が多かった。

 「『ナントは文化・芸術面で充実しているから』というのが、その理由の1つ」

 こう話すのは、ナント市や民間企業が出資して、2003年から活動を始めた第3セクターの「ラ・フォル・ジュルネ(La Folle Journee)」のゼネラルマネジャーであるミシェル・ギヨスー氏だ。会社名のラ・フォル・ジュルネは、ナント市で1995年から始まったクラシック音楽祭の名称と同じだ。

 音楽祭のラ・フォル・ジュルネは、日本語で「熱狂の日」と訳されているようにクラシック音楽を、ロックコンサートのように気取らず、数日間かけて楽しむことを主眼とする音楽祭のこと。ナント生まれの音楽プロデューサー、ルネ・マルタン氏が1995年から始め、現在は他の欧州諸国以外に2005年からは東京でも開催されている。

 ナント市では国際会議場(la cite des congres)を中心に開催しており、13回目の今年は世界中から1800人のアーティストが集まり、5日間で278のコンサートを開いた。販売したチケット枚数は12万2000枚。第1回の1995年の入場者は開催期間が1日半だったこともあるが1万8000枚だったので、10年超で5倍以上に膨れあがったことになる。

 音楽祭の期間中、特に金曜日の夕方から土日は、会場の国際会議場は入場者が特に集中して、時には足の踏み場もないような混雑ぶりとなる。8つのホールの収容人数は合計で3500~4000人とそれほど大きなものではないが、ホール以外のスペースも含めると全体の収容人数は最大で一度に数万人に及ぶ。

ラ・フォルジュルネ

 活気にあふれた会場からは想像しにくいが、音楽祭自体の収支は長らく赤字続きだった。それが、2003年に黒字転換し、2004年は再び赤字に陥ったが、2005年に再度黒字化した。その一因に、2003年から音楽祭の運営を、会場を所有するナント市の外郭団体から第3セクターの「ラ・フォル・ジュルネ」に移し、採算性をより意識する体制になったことがある。

ラ・フォルジュルネ

 今年の予算では、音楽祭の収入のうち42%はチケット販売によるもので、35%はナント市や国、県議会などからの助成金だが、20%程度は企業の寄付。寄付は第3セクターに出資する企業や、出資はしていないが音楽祭を支援する企業で構成した団体からだ。

 「芸術のイベントなので、儲けるのが大きな目的ではない。しかし、ラ・フォル・ジュルネの開催を利用して、我々はナント市や周辺の市町村と一体になって、大きな国際会議やイベントの誘致、そして企業などにナント市の存在をアピールして、街の発展のために努めている」と先のミシェル・ギヨスー氏は語る。

 「(どこの市町村もイベントや企業誘致に熱心だが)、これだけの音楽祭の運営をできる組織力があることを示せば、説得力が増す」とギヨスー氏は続ける。音楽祭そのものを経済行為にしないが、音楽祭を利用して地域全体の経済性を追求するのがナント市のやり方だ。

ジャン・マルク・エロー氏

ナント市長のジャン・マルク・エロー氏

 街の発展に文化や芸術と関連させていくことにこだわってきたのが、1989年にナント市長に就任したジャン・マルク・エロー氏だ。社会党のエロー氏は、76年にロワール・アトランティック県会議員に当選し、77年には27歳で人口3万人のサンテルブラン町長に当選している。

 エロー氏の政治手腕が評価されていることは、フランス初の女性大統領になるのではと注目されている野党・社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル氏が当選したあかつきには、「入閣間違いなし」と見られていることからもうかがえる。

 エロー氏が市長に就任する前後までは、ナント市はどちらかといえば停滞ムードが漂っていた。ラ・フォル・ジュルネの会場も、今でこそ国際会議場のほかオフィスやアパートが建ち活気が漂うが、国際会議場が建設されるまでは、廃墟のような建物が立ち並び、人々が寄りつかない場所だった。

 有名なビスケット会社のLUが工場を移転させ、その後は放置状態だった。国際会議場から徒歩5~6分のところには、歴史的に有名なブルターニュ大公城という名跡がたたずみ、観光客も多く集まる場所という位置関係から見ても、過去の姿は想像しにくい。

 ナントは大西洋に面していることもあり、かつては奴隷や砂糖の貿易やで栄え、現在もフランス有数の貿易港となっている。名産品にはビスケットや塩があり、製菓業や食品卸や鉄鋼業などの産業が栄えたが、その後はLUの工場転出に示されるように、けして景気のいい話にあふれるわけではなかった。

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