安倍晋三首相は一体誰から経済政策の指南を受けているのだろうか。
2月13日の衆議院予算委員会で、「格差問題」を民主党の菅直人氏と議論した際、「成長こそが格差を是正する決め手」であるとして、1960年代初頭に繰り広げられた「高度成長論議」を持ち出した。
いわく、「1960年代初頭にも成長か、格差是正かという議論があった。成長することで、その果実を広めていく政策が正しかったことが証明されている」(日本経済新聞より)というのだが、これは当時の論争を自分に都合の良いように曲解している。というよりも、とんでもない勉強不足と言っていいだろう。こんなお粗末な認識で、経済政策を展開されては、たまらない。
果実乏しき時代の論争に倣う愚
首相の言うように、当時、池田勇人首相の経済指南役で、「所得倍増計画」の立案者であった下村治氏(大蔵省を経て日本開発銀行理事などを歴任したエコノミスト)と、経済学界の大御所である都留重人氏(一橋大学経済研究所所長、一橋大学学長などを歴任、2006年2月5日死去)との間で、「高度成長の是非」を巡り激烈な議論があったことは事実である。だが、それは「より高い成長率か、それともより低い成長率か」を巡る議論であって、「成長か、具体的な格差是正策か」の議論ではなかった。
例えて言うなら、下村氏が日本経済という車には潜在力があり、時速80キロの速度を出すことが可能だと主張したのに対し、都留重人氏、大来佐武郎氏、吉野俊彦氏といった「安定派」と呼ばれるエコノミストたちは、そんな速度を出したら、車のエンジンが壊れてしまう、安全運転ができないと主張したのである。実際のところ、下村氏は雑誌「エコノミスト」に「安全運転につき、お静かに」という論文を書いて、安定派に反論している。
格差の是正、つまり果実をできるだけ広く公平に分配するには、果実そのものがなくてはならない。だが、当時はその果実が乏しかった。政府は毎年米の作付けを一喜一憂して注目しており、しばしば米不足が生じたし、外貨は政府の一手管理下にあり、自由に物を輸入することすらできなかった。外貨準備は20億ドルから30億ドルの間を往来し、ちょっと設備投資が盛り上がると、たちまち底をついた。つまり果実そのものが不足する貧しい経済だった。
だからこそ、「まず果実を増やそう。日本経済にはそれだけの潜在力がある」という下村氏の政策が時の首相・池田勇人を動かし、最終的に勝利を収め、先進国に追いつき追い越す路線を敷くのに大いに貢献したのである。
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