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焦点は野中会長の去就

1年遅れで“馬上行動”の後始末が始まる

2007年3月13日(火)

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 三洋電機は4月にもビジネスユニット(BU)制を廃止する。BU制は2003年4月に会長兼CEO(最高経営責任者)だった井植敏(現最高顧問)が導入した。意思決定を速める狙いで組織を細分化したが、横の連携が失われるなど弊害も多く「BU制が三洋電機をダメにした」と指摘する幹部もいる。

 導入当時のBUの数は280。一時は500まで増やすことを目指していた。最も小さいBUの構成人数は10人にも満たない。BUごとに業績を管理し、人事評価も連動させる成果主義は、結果的に直属の上司の評価ばかりを気にする“ヒラメ社員”を量産し、業績低迷の原因の1つになった。

敏が残した負の遺産一掃へ

 三洋電機のBU制度のお手本は、敏が当時、親密にしていた中国の海爾集団(ハイアール)。スピード重視のハイアールの経営理念「馬上行動」に憧れ、三洋電機でもこれを実践しようとした。だが、敏のスピード経営は「単なる思いつきとしか見えなかった」(三洋電機の元役員)という。

 2月27日には、2002年2月に設立したハイアールとの合弁会社、三洋ハイアールの解散を発表した。この提携は、敏が現場の反対を押し切って3カ月でまとめ上げた。敏は「スピード経営」を自賛したが、結局、三洋ハイアールは一度も黒字になることはなく「技術を流出させただけ」(同社OB)に終わった。

 一連の動きをある現役の幹部は「敏時代を否定する動き」と解説する。敏がCEOだった2001年3月期から2004年3月期の決算で不適切な会計処理が発覚し、揺り戻しに拍車がかかった。

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「焦点は野中会長の去就」の著者

大竹 剛

大竹 剛(おおたけ・つよし)

日経ビジネス記者

2008年9月から2014年3月までロンドン支局特派員。2014年4月から東京に戻り、流通・サービス業を中心に取材中

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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