三洋電機会長の野中ともよが3月19日に辞任した。辞任劇の裏には三洋電機が抱える深い闇が広がっている。辞任に至った経緯を検証してみよう。

「三洋電機に惚れちゃった」と野中ともよは再建に励んだが (写真:清水 盟貴)
3月7日水曜日。不正会計問題に揺れる三洋電機は臨時経営会議を招集した。決算訂正を巡り金融庁や証券取引等監視委員会と続けてきた折衝が一段落し、この日は副社長の前田孝一が経緯を報告するだけの予定だった。
ところが、ここで野中は突然、“爆弾動議”を炸裂させた。
「市場の信頼を取り戻すために、第三者委員会を設置したいと思います」
あっけに取られた経営陣は反対もできず、議案は翌週の臨時取締役会に上程された。野中は第三者委員会に、日興コーディアルグループの不正会計事件で特別調査チームを率いた弁護士の国広正を担ぎ出す算段までしていた。
「免責」を狙って自爆?
3月12日の週に開いた臨時取締役会では、体制を立て直した金融3社が反対に回ったため、野中提案は決議に持ち込むことすらできず却下された。
それでも諦めのつかない野中は3月19日月曜日の朝に再び臨時取締役会を招集した。
だが土、日で議論を尽くした金融3社は野中を切る腹を固めていた。
19日朝に開かれた臨時取締役会は既に大勢が決しており、ただ1人、野中と歩調を合わせてきた社長の井植敏雅も賛成はしなかった。
「19日の動議は限りなく“自爆”に近い」
三洋電機の関係者は野中の行動をこう分析する。ほんの一時期とはいえ、野中はCEO(最高経営責任者)兼会長を務めた人物である。2005年3月までは日興フィナンシャル・インテリジェンスの理事長を務めたこともあり、財務の知識は持っている。
「三洋電機の不正会計は今進んでいる訂正作業で修正し切れるほど甘くない。この闇を見逃して後で自分も“同罪”になることを恐れた野中は『私は正義を貫いた』という痕跡を残すため、辞任覚悟で声を上げたのではないか」と関係者は推測する。
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