「会社の社長が辞めさせられるなんて、普通の常識では考えられないですよね。(中略)先頭に立って、戦えないのが無念です。本当に悔しい」
創業者の血を引く三洋電機の井植敏雅は3月30日、社内メールで長文のメッセージを残し社長の座を去った。
「会長(野中ともよ)の正義感や私の情熱や戦略は最も嫌がられる状況下だった」。敏雅はメールの中で辞任の理由をこう説明している。野中の正義感や敏雅の情熱を嫌ったのは、三洋電機の大株主である金融3社。急先鋒は米ゴールドマン・サックス(GS)である。
三洋クレで割り込み
「金融3社が自分を切ろうとしている」。危機を感じた敏雅は、この数カ月の間に金融3社以外の国内の大手銀行に駆け込み、出資を仰いだとされる。 「GSの影響力を弱めるために、第三者割当増資を画策した」と社内の関係者は証言する。
皮肉である。3000億円の増資が決まりかけた2006年1月、1株70円という屈辱的な条件を知った敏雅の父、敏は、野村証券に駆け込み、増資案をひっくり返そうとしたが、金融3社に押し切られた。親子はともに土壇場であがいたが流れには逆らえなかった。
井植親子が逆らおうとしたのは短期で巨額の鞘を抜こうとする「市場の論理」であり、その象徴がGSだった。
本誌はその非情さを示す資料を入手した。2005年10月、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が三洋電機に提出した「三洋電機クレジットに対する買収提案」である。
この時点で三洋電機は三井物産と交渉していたが、実はGEも名乗りを上げていたのである。だが、最終的に三洋クレを手に入れたのは物産でもGEでもなく、最後に割り込んだGSだった。
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