5月23日、東京地裁(鶴岡稔彦裁判長)は、消費者金融大手「武富士」の故武井保雄元会長の長男である武井俊樹氏に対する約1300億円の追徴課税処分を取り消す判決を下した。租税法律主義の原点に立ち返った意義深い判決である。
実質的な“事後立法”による追徴課税
簡単に経緯を説明しておく。
武井俊樹氏は1999年12月に元会長夫妻から海外法人株の生前贈与を受けた。課税時期の評価額は約1653億円である。俊樹氏は97年6月に日本を出国し、武富士の香港法人代表などを務めており、贈与を受けた時、俊樹氏の生活拠点は香港にあった。当時の相続税法では、海外に生活拠点を置く日本人が贈与によって取得した海外財産には納税の義務を定めていなかったため、俊樹氏は贈与税を納付しなかった。
これに対して東京国税局は、俊樹氏の実質的な生活拠点は日本にあり、香港居住は課税逃れが目的であるとして、2005年に約1600億円の申告漏れを指摘、約1300億円の追徴課税処分を決定した。
これに対して俊樹氏は処分の取り消しを求めて国を相手取って提訴したものである。
私はこの裁判に、俊樹氏を弁護する代理人の1人として関わった。唯一の争点は、贈与の時点で俊樹氏が日本国内に住所を有していたか否かであった。この点について東京地裁は、次のように断じた。
「原告(俊樹氏)は3年半ほどの本件滞在期間中、香港に住居を設け、同期間中の約65パーセントに相当する日数、香港に滞在し、上記住居にて起臥寝食する一方、国内には約26パーセントに相当する日数しか滞在していなかったのであって、原告と亡保雄ないし武富士との関係、贈与税回避の目的その他被告(国)の指摘する諸事情を考慮してもなお、本件贈与日において、原告が日本国内に住所すなわち生活の本拠を有していたと認定することは困難である。被告の主張は、原告の租税回避意思を過度に強調したものであって、客観的な事実に合致するものであるとはいい難い」(判決文のまま、かっこ内は編集部注)
納税者と税務当局が“解釈の違い”を巡って争うのは珍しいことではない。しかし、本件は様相が異なり、税務当局は既に法令、通達、判例によって固まっていた「住所」の解釈を突如変更し、2000年4月1日に施行された新しい「住所」の解釈を法改正以前の過去に遡って適用しようとした。実質的な“事後立法”のケースだと言わざるを得ない。
“モグラ叩き”が現実でも法の支配を逸脱してはならない
近代国家において、事後立法は罪刑法定主義に反するものであり、それ自体が違法行為であることは自明である。
下記のような立場がある。
税法の解釈が不明な時、または税法が未整備の時に、課税しないでおくと、法の抜け穴を探し出す納税者が出てくることになる。実際、事業活動が国際化した現在、納税者は次から次へと租税法の「Loophole(抜け穴)」を見つけ出して課税を免れようとしている。それに対抗するために立法によってLoopholeを塞ぐことになる。しかしこれによると、課税はどうしても後追いの“モグラ叩き”になる。悪質な納税者が得をし、善良な納税者が損をするという不公平が生じる。
こうした事態を避けるため、法の解釈が明確でない時、または法が未整備である時は、国税当局としてはまず課税する。納税者が更正処分をあえて争った場合に、裁判所が課税処分の合法・違法を判断し、課税当局はその司法判断に従えばよい──。
確かに、事後法的な徴税権の行使は違法な公権力の行使として「法の支配」に反するするものでしょう。しかし、行政指導は「公権力の行使」ではなく、任意性を前提にしているものです。「国民が納得しない」つまり「社会通念に反する」と考える事態に既存の法令では対応できない場合に、行政として何もしないのはやはりまずいので行政指導があるのだと思います。そもそもそういう事態に対応するのが行政指導のレゾン・デートルの一つだと思います。法令に基づかずに権力行使(徴税権や刑罰権の行使など)を行うのとは次元が違う。問題にすべきは果たして実質的に強制性はなかったかどうかであり、コムスン側が任意に説得に応じていた場合は問題はないでしょう。(2007/06/27)