「ニュースを斬る」

所得格差拡大論の誤謬

「教育」こそが世界的な2極化トレンドへの対抗策

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2007年10月25日(木)

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地域間格差拡大論のウソ――格差縮小を示すマクロ指標はなぜ無視されるのか?

 私たち人間は豊かさの絶対水準の変化よりも、身近な格差の変化にはるかに強く反応する動物だ。私の2人の子供は衣食住満ち足り、なに不自由なく暮らしている。にもかかわらず、おやつの配分をうっかりわずかでも違えると、それがもとで言い争いになる。そんな子供を大人は笑えない。

 近年の日本はとりわけ格差問題に過敏になっている。今国会では、「格差是正」のキーワードで様々な種類の「格差拡大問題」が論じられている。都市部と農村部の経済・財政格差、正規雇用と非正規雇用の給与格差、家計(あるいは個人)の所得格差などである。

 攻める野党は「格差拡大は小泉・安倍政権の負の遺産」だと攻撃し、守る与党も「格差是正」への配慮を唱える。ところが、日本社会全体として本当に格差拡大が進んでいるのかどうか、実証的な検証がなされないまま議論が展開しているのはいかにも奇妙だ。

世帯所得の格差は拡大しているのか?

 例えば、8月に発表された「平成17年、所得再分配調査報告書」(厚生労働省)は、世帯所得の格差の変化を報告している。この報告書が発表された時、日本経済新聞は比較的公平で十分な解説を行っていたが、ほかの多くのメディアは見出しに「格差拡大」の文字を掲げるばかりで、不十分な紹介が目立った。この報告書の22ページほどの本文をきちんと読めば専門家でなくても分かることだが、そこで明らかにされているのは世帯所得の格差が実態的には拡大していない事実なのだ。

 具体的に説明しよう。報告書は世帯の所得格差の計測にジニ係数を用いている。「ニュースを斬る」2007年8月7日付「地域間経済格差拡大論のウソ」で説明したので繰り返さないが、ジニ係数は格差(不平等度合い)を測定する代表的な概念で、値は「0」から「1」まで変化する。「0」に近いほど平等であり、「1」に近いほど不平等(格差大)であることを示す。

 報告書によると、「当初所得」のジニ係数は1993年の0.4394から2005年の0.5263に上昇した(格差が拡大)。多くのメディアはこの数字だけを拾って「格差拡大」の見出しを掲げた。当初所得とは税金や社会保険料の支払いと公的年金や医療費などの給付を加減する前のグロス所得である。

 純所得はこれら支払いと給付を加減した後の「再分配所得」で見る必要がある。再分配所得で見ると、ジニ係数は1993年0.3645から2005年0.3873となり、係数の絶対値が当初所得よりも低い(格差が少ない)だけでなく、格差拡大の幅もずっと小さい。税率や社会保険料率が変化しなくても、高齢化が進むと公的年金や老齢医療給付の受給が増えるので、所得の再配分調整が大きくなるのは当然の結果だ。

 世帯の所得格差の実態を見るためには、世帯構成員数の違いも勘案しなくてはならない。単身世帯で年間所得700万円と、4人家族で700万円では、生活の余裕がまるで違う。そこで世帯構成員数の違いを調整した「等価再分配所得」で見ると、ジニ係数は1993年0.3047、2005年0.3225となり、さらに格差の水準も変化幅も小さくなる。

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著者プロフィール

竹中 正治(たけなか・まさはる)

竹中 正治

龍谷大学 経済学部教授

1979年東京大学経済学部卒、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)の為替資金部次長、調査部次長などを経て、2003年3月よりワシントン駐在員事務所所長。ワシントンから米国の政治・経済の分析リポート「ワシントン情報」を発信する傍ら、National Economists Club(WDC)役員を務めるなどエコノミストとして活動。2007年1月から2009年3月まで国際通貨研究所チーフエコノミスト、2009年4月より現職。最近の著書に、『米国経済の真実』(共著編、東洋経済新報社、2002年)、『素人だから勝てる 外貨投資の秘訣』(扶桑社、2006年11月)、『ラーメン屋vs.マクドナルド』(新潮新書、2008年)、『今こそ知りたい資産運用のセオリー まず投資の魔物を退治しよう』(光文社、2008年)、「なぜ人は市場に踊らされるのか?」(日本経済新聞出版社、2010年)など。



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日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、NBonline編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。

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