2月5日のスーパーチューズデーでは引き分けたヒラリー・クリントンとバラク・オバマだが、以降の予備選ではオバマが連戦連勝で勢いを拡大している。
その一方で、ヒラリー陣営では資金ショートを起こしたり選対幹部の更迭劇があったりと明暗を分けている。どうやら3月4日の「ミニチューズデー」でのテキサス州、オハイオ州の戦いが天王山になりそうだ。
「ヒラリー対オバマ」は不毛な抗争なのか?
では、この2人の戦いは民主党内部の不毛な抗争なのだろうか。
そんなことはない。何といっても、初の黒人候補だとか女性候補だという意識が完全に消える中、両者の対決の熱気はそのまま民主党の党勢拡大に寄与している。メディアの報道が過熱する中、米国社会には政治不信どころか、改めて政治に期待しようという前向きなムードも出てきた。
オバマは黒人票に加えて富裕層と若年層の代表、ヒラリーは組合などの組織票と中産階級から貧困層、そしてヒスパニック票を固めた。その結果として、「反戦+中規模の福祉政策」のオバマと、「現実的な軍事外交+大きな政府による福祉」のヒラリーという対立軸も浮かび上がっている。
日米関係、とりわけ気になる景気動向という点では、短期的な対策ではヒラリー、長期的な社会の構造改革ではオバマという哲学の違いも明らかになってきた。
一方の共和党では、マイク・ハッカビーが猛追しているものの、ジョン・マケインの優位は動かないだろう。その政策としては、財政面では相当の緊縮、軍事外交では現行路線を継続しながらも、CIA(中央情報局)の拷問疑惑など現政権の暗部にはメスを入れようという構えだ。
「黒人大統領」を受け入れる新しい空気
こうしたデッドヒートの行方以上に重大なのが、この選挙戦によって米国の“変化スピード”がますます加速していることだ。日本をはるかに超える勢いで米国が変わりつつあるとすれば、日米関係の土台を根底から見直す必要に迫られるかもしれない。
日本にとって、まず新しいタイプの大統領候補が登場したという事実にどう向き合うかだ。
オバマが本格候補として急浮上した1月、日本のメディアでは「黒人候補では暗殺が心配」だとか「暗殺を前提に強力な副大統領候補が必要になる」というような解説がされたことがある。確かに2000年の選挙の際には、後にジョージ・ブッシュ政権の国務長官を務めるコリン・パウエルが出馬を検討した際に、候補への暴力の可能性が取り沙汰されたのは事実だ。
だが、今回のオバマについては、米国のメジャーなメディアではそうした噂が上ることは皆無だ。まして黒人候補の副大統領には昇格を前提に実力者を、などというような意見は見たことも聞いたこともない。
それは「ポリティカルコレクトネス(政治的に問題がある発言は慎むという姿勢)」ということを気にして人々が口をつぐんでいるのではない。2008年の現在、黒人が大統領になれば襲われるだろう、などという「空気」は米国にはないのだ。
多くの犠牲、多くの人々の苦悩を経て、こうした人種に関わる暴力(ヘイトクライム)は人々の意識の中では過去のものになりつつある。
さらに言えば、オバマの場合はそうした暴力に対して完全に肝が据わっているということもあるだろう。仮に本人が襲撃されて再起不能になるようなことがあれば、恐らくミシェル夫人が選挙運動を継承するのではないか、私はそう見ている。この一家はそこまで覚悟のうえで戦っているのであって、だからこそこれだけの支持を集めることができるのだ。
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1959年東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業(修士、日本語教授法)。福武書店(現、ベネッセコーポレーション)、ベルリッツ・インターナショナル勤務を経て、現在はプリンストン日本語学校高等部主任。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM 911/USAレポート」を毎週土曜日号として寄稿中(2001年9月より)。著書に、『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)、『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)、『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。訳書としては『プレイグランド』(小学館)、『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。






