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教師の告白があぶり出した中国社会の「危機意識」

2008年7月14日(月)

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 中国で今、「四川大地震で生徒より先に逃げ出した高校の教師」が話題になっている。しかもこの教師は自らその事実を、ネットで「告白」した。

 最初は、なぜ彼がわざわざネットに書いたのか、何が言いたかったのかに関して、深く考察されることもなく、ただ単に卑怯か否か、道徳的に許されるか否か、といった賛否両論の方が表面化していた。しかし彼のこの告白は、徐々にだが、中国を支配するイデオロギーに基づいた道徳観念や、価値観の是非に対する議論のきっかけになりつつある。それはゆっくりと、中国のネットに大きな潮流を形成しつつあるように思われる。

 それらの生の声を丹念に拾っていくと、この教師が投げかけた一石には、実は最初から現在の中国の思想統制を痛烈に批判する「メッセージ」が隠されていたことが見えてきた。果たしてこれが中国の新しい潮流を生むきっかけになるのか否か、そして中国の民は何を考えているのかに関して、私なりの分析を試みたい。

校舎に生徒を置いて逃げ出した「私」

 多くのメディアですでに公開されているが、この高校教師の名は範美忠(ファン・メイゾン)。1997年に北京大学の歴史学系を卒業している。魯迅をはじめドストエフスキーやカフカ研究を得意とするトップエリートの1人だ。輝かしい出世の道があったはずだが、彼は自ら志願して、誰もなりたがらない中学の先生になった。

(※中国では中等教育である中学と高校は、一貫して「中学」と称し、日本の中学は中国では「初級中学」、日本の高校は「高級中学」と称し、それぞれ「初中」および「高中」と略称する)

 2005年5月19日に北京大学の「北大中文論壇」というサイトに載った彼の述懐によれば、「私の後に続く次世代の人々が、私と同じように騙されないようにするために」、大学に入学する前の教育に従事しようと思ったので、中学の教師を選んだのだという。「騙された」というのは、中学の6年間にわたって何一つ学べなかったということを指しており、それは中学の教育の質があまりに低いせいなので、自分が中学の先生になって教育を改善しようと決意したからだと書いている。

 四川大地震が発生した当時に都江堰光亜学校という(高級)中学の教員をやっていた範は、地震発生のその瞬間、生徒に「慌てるな! 地震だ、大丈夫だ…」と叫んだのだが、言い終わらないうちに巨大な激震が大地を揺るがし、彼は無我夢中で外に飛び出したのだった。運動場に着いて後ろを振り返ったが、生徒たちは誰もついてきていない。そのとき大地は1メートルほどの振り幅でもう一度揺らぎ、それがやんだ後に、ようやく生徒たちが校舎から次々と出てきた。

 幸運にも、この中学校の校舎は倒壊せず、死者は一人も出ていない。この中学の校長が、「手抜き工事」を許さず、校舎建築後も耐震性をチェックしていたからだ。校長が生徒の点呼を始め、範も自分のクラスの点呼をしたが、全員揃っていた。

 ここまでの話なら、まあ、そういう人も当然いただろうという、膨大な現象の中の1つにすぎない。しかし範は、ありのままの自分の心をすべてさらけ出して、地震発生時の手記を「天涯博客」(博客はブログという意味)というサイトに載せたのである。

「私は勇敢な人間ではないが、それを恥じない」

 そこには「なぜ自分は生徒たちを組織せずに逃げてしまったのか?」という自問はあるものの、「私はもともと献身的な行動に出る勇気を持った人間ではない。私は自分の命にだけ関心を持っている」「私は自由と公平を追求する人間で、決して他人を優先して自分を犠牲にする勇敢な人間ではない」と書き、そしてそのうえで今回の行為および自分に対して「道徳的引け目を感じていない」と明言した。

 これが強烈な反発を読者に与え、モラルの低い教師として範を非難する大合唱が始まった。そして「範(ファン)パオパオ」(パオは走るとか逃げるという意味)というあだ名が彼についたのである。

 実は、四川大地震が発生したその夜、政治局常務委員で中国共産党の宣伝任務を担っている李長春は、中国の主要メディアの幹部を集めて「(政府や党にとって)プラスになる宣伝となる場面を中心にして報道せよ」という旨の指示を出している。その指示に沿った報道は中央電視台(テレビ局)を中心として、まさに24時間体制で実行された。そして政府が「建国以来、空前の団結」と評価するほどの「団結心」で中国全土が燃え上がり、被災者支援と「中国加油、四川加油」(加油は頑張れという意味)を叫んでいた。

 その真っ最中に範パオパオ事件は起きた。それだけに、範の告白は激しい批判にさらされた。

「中国加油」が燃え上がる中に、これを書いた勇気

 しかし、一方では、「範よ、よくぞ言った! あんたは正直だ! 私たちはあんたを強烈に支持するよ!」という、範を礼賛する書き込みも、批判と同数程度にネットに溢れたのだ。

 これは何を意味しているのか?
 それを理解するために、彼の告白の書き出しの部分に注目したい。

「私はかつて、自分が米国のような自由で民主的で人権を尊重する国になぜ生まれてこなかったのかと心を痛め、生きる意欲を失ったことがある。大学を卒業した後の苦痛は、このことと関係し、私が17年にわたって受けた教育のくだらなさも、このことと関係している。神よ、あなたはなぜ私に自由と真理を愛する魂を授けながら、私をこんな専制的で暗黒な中国に生まれさせたのですか?」

 このように範美忠は中国の専制的な政治を嫌い、「中国共産党は嘘をつくことが習わしとなっている」と断罪しており、あえて、その宣揚に乗らない者がいることを「暗に」表明した。範を支持する人々は、ここに反応したということになろう。

 建国以来、ここまでのことを書く「勇気」を持った人も少ないだろう。
 ネットのコメントの中には、範はわざと馬鹿を演じて「範パオパオ」になり、その中に賢明なる深い思慮をそっと忍ばせていると、指摘するものもあった。

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「教師の告白があぶり出した中国社会の「危機意識」」の著者

遠藤 誉

遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

筑波大学名誉教授

1941年、中国長春市生まれ、1953年帰国。理学博士。中国で国務院西部開発弁工室人材開発法規組人材開発顧問、日本では内閣府総合科学技術会議専門委員などを歴任。2児の母、孫2人。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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