北京オリンピックの壮大な開幕式(開会式)の中で私を最も惹きつけたのは、9歳の少女、林妙可(リン・ミャオクァー)が歌った「歌唱祖国」という歌だった。
これは、1950年代初期、私が天津の小学校に通っていた時に世に出た歌で、行進曲風のテンポの速い力強い曲なのだが、その子は非常にスローなテンポで歌った。その意外性と澄んだ歌声は、私自身が革命の血潮まだ冷めやらぬ新中国(中華人民共和国)で、「日本鬼子!日本狗!」(日本の鬼畜生)と罵られながら歌った時を思い出させた。私は思わず立ち上がって共に歌い、涙を隠すのに必死だった。この歌詞は、49年に誕生したばかりの新中国を讃える内容で、文革時代にも歌われ、今日まで歌い継がれているため、きっと多くの中華民族の心に深く響いたことだろう。
その歌が、実は「口パク」であったと知ったのは、4日後の8月12日である。
しかもその理由がすごい。
実は、誰がこの晴れ舞台の歌い手となるかに関して、全国から「容貌が美しく歌唱力のある少女」を集め人選を行ったのだが、最も美しい林妙可は歌唱力が弱く、最も歌唱力の高い7歳の楊沛宜(ヤン・ペイイ)は「長相」(顔立ち)がいま一つだったとのこと。そこで、中国がいかにすばらしいかを世界に示すには、容姿が最も優れている林妙可を舞台に立たせて、予め録音しておいた楊沛宜の歌を流し、「容姿+歌声」で一対とさせる以外にないという判断が、中国政府最高指導層の政治局員を交えた話し合いで決定された、というのである。
感動の分、怒りも大きい
この判断自身が尋常ではないが、もし後ろめたい所がなければ、せめて開幕式後の記者会見で、一生懸命歌った7歳の少女、楊沛宜の名誉を讃えて発表するなり、あるいは二人を舞台に立たせるなど、いろいろな方法があったと思うが、この事実はその後、アクシデント的に明るみになった。開幕式音楽総監督の陳其鋼氏がインタビューで、うっかりなのか、あるいは(政府の決定に抵抗して)故意になのかはわからないが、この事実を漏らしてしまい、しかも「楊沛宜が落選したのは、対外的形象を考慮したからであり、これは“国家の利益のため”である」と決定過程の一部を語ったのである。この「対外的形象」という玉虫色の表現は、ストレートに言えば、「外見」と言ったに等しいと解釈していいだろう。
これが中国国内の世論だけでなく、かつての強権政治時代に海外に逃れて望郷の思いで生きている地球上のすべての中華民族の心を激しく逆なでしてしまった。
あの歌声により、中華民族の誰もがそれまでの人生を思い巡らせ、怨讐を超えて、「遂にこんな日が来たのだろうか、いろいろあったが、これで良かったのかもしれない」と納得しただろう。そういった崇高に近い感動を受けた分だけ、「裏切られた」と感じたときの怒りは深く激しい。
中国語圏のネットを「假唱」(偽の歌)あるいは「対口型」(口パク)という文字が飛び交い、国民の怒号が聞こえんばかりの怒りと罵詈雑言が走るのに、時間はかからなかった。
「嘘だ!あり得ない!」
「誰かが流した、悪質なデマだ!」
というのに始まって、
「失望した。許せない!」
「政府はわれわれの心を裏切っただけでなく、全世界を騙すことによって、この聖なる開幕式を汚したのだ!われわれ中華民族の誇りを汚したのだ!」
「中国は官抱えの偽造を始めたのか?!」
「偽物で真実の中国を伝え得るとでも思ったのか!」
「何が真実の美なのか。偽物の感動より、不完全でも真実の美の方がどれだけ感動を与えることか」
「一人の少女の顔立ちが、国家の利益に影響するというのか。楊沛宜は十分に可愛く純真で感動的だ。そこには真実の美さえもある」
「子供は全て天が与えた天使だ」
「国家の利益のために、少女の純粋さまで利用しようとするのか」
「こんな詐欺行為に近いことをすることが、中国の国威高揚につながるとでも思っているのか!」
「政府よ、恥を知れ!中国政府の恥知らず!」
「このような国家ぐるみの偽造行為を発信するということが、国際社会において、どのような中国のイメージを作り上げていくか、考えたことがあるのか!」
「こういうことをすることこそが、中国の国家利益を損なうという事さえ分からないほど、政府はボンクラか」
「ああ、偽造偽装は、ついに中国の国策となり果てたのか。偽装偽造は子供のころから培えと(子供たちを)教育せよとでも言うのか!」
中国政府、「口パク」記事を削除
こういった激しい失望と非難がネットに充満した。しかも文面から見るに、今回はどうやら、いわゆる80后(1980年以降に生まれた世代)という若いネット世代ばかりとは限らず、高年齢層がかなり含まれているという印象を私は持った。
日本のメディアでは、中国では「こんなのはよくあることだ」と言っていると報道されがちだ。だが、匿名性の高いネットでは事情が異なる。本コラムの<教師の告白があぶり出した中国社会の「危機意識」>でも触れたが、「マイクを向けられたら本当のことは言わない」という処世術は、中国庶民の骨の髄まで染み付いており、政府にとって耳触りのよい答えしか戻ってこない。庶民の真情をキャッチするには、庶民の中に溶け込んで感じ取るか、ネット言論にアクセスするしかないのである。マイクを向けられた時に抑制し粉飾する分だけ、ネット言論は激しさを加速させている。
これに対して中国政府が取った態度は、政府を非難した多くのサイトの記事とネットユーザーたちの書き込みを、次々と削除し封鎖することであった。
少なからぬ記事が一瞬で消え、中には明確に「皆さんの討議は削除されました」と明示することによって「抵抗」を示しているサイトもある。また検索した項目の中にはタイトルがあるのに、そこをクリックすると、「この頁は法律法規あるいは政策に不適切であるため示すことはできません」という文字があらわれ、5秒ほど経つと他のページに飛ぶように設定されているものもある。これらは削除された痕跡を残している「証拠」と考えていいだろう。
8月12日付の「洛杉磯(ロサンゼルス)時報」の記事が、多くのサイトに転載されている。それによると「中宣部(中共中央宣伝部)は本日から関与を開始し、多くのネット上の討議書き込みを削除し、林妙可の対口型(口パク)唱歌を示す画像を開けないようにアクセスを封鎖した」とのことだ。
とはいえ、実際には残っている記事もかなりある。8月18日現在、まだ削除されずにいる「中国法院網」(法院は裁判所のこと)に書かれている記事は実に手厳しい(発布時間:8月13日、13:45。筆者:奚旭初)。その概要を示す。
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