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誰からも望まれていなかった首相

  • 児玉 博

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2008年9月8日(月)

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 横浜にあるホテルの一室。

 その老人は大きな窓から横浜港を見下ろしながら呟いていた。
 「横浜なら・・・」
 老人の目はうつろで、そこに生気を感んじることはできなかったようだ。老人の傍近くに付き添っているものから見ても、この日の老人はまさに“老いていた”。

 「横浜なら・・・、官邸に帰るより、野沢の方が近いんじゃないか。野沢に帰ってはダメなのか」

 老人の名は福田康夫。当時、首相の座にあった日本の最高権力者だった人物である。

 福田がいう野沢とは、福田の自宅がある世田谷野沢のことである。
 首相、福田は5月28日から3日間、横浜で開催される「アフリカ開発会議」に臨んでいた。その最中、福田は辞意を漏らしていたのである。

 実をいえば、道路特定財源を巡って国会が紛糾した最中にも福田は、
 「もう辞めたい」
 と漏らしていた。

 新聞の2面には首相のその日一日の動静を伝える欄をどの新聞も持っている。ためしに、縮刷版を繰ってみるといい。

 福田が在任期間中、ただ1回だけ、参議院のドンと呼ばれる青木幹雄がキングメーカー気取りの森喜朗と連れ立って首相官邸を訪ねている。これも、福田の漏らした言葉に驚き、辞意を思い留まらせるために急遽訪ねたのだった。

 首相になったことをこれほど祝福されない政治家も珍しかった。福田の地元でさえ反応は冷ややかだった。花火が上げられ、選挙区のあちこちで樽酒が振る舞われた父福田赳夫の首相就任の時の熱気は毛ほどもなかった。

 だいたいに地元の後援会幹部、地元事務所幹部などは、首相就任が決定した直後にこういうほどだったのだ。
 「なって欲しくなかった」
 と。

 なって欲しくなかった? もちろん、首相に、である。

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