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シリーズ――ポスト・サブプライム(2)

イノベーションのパラドックスから脱しろ

2008年10月30日(木)

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 金融資本主義は、イノベーションを停滞させた――。技術イノベーションに造詣が深く、世界中の大企業のMOT(技術経営)に助言してきたジョルジュ・アウーIMD教授は、こう力説する。

 曰く、短期のリターンを狙う金融業界の「流儀」が企業経営を席巻し、技術イノベーションは「パラドックス」に陥った。富を生む装置であるべきの企業が、短期の利益を追うマネーゲームのプレーヤーと化したのだ。

 金融危機のインパクトは「ベルリンの壁の崩壊並み」と言う。金融危機により、「富」の意味が再定義され、今後の企業経営やイノベーションに、プラスの変化が起こる可能性がある。そう期待する一方で、多くの痛みを伴う変化の果て、ポストサブプライムの世界を待ち受ける「危うさ」を、アウー教授は懸念する。

(聞き手は日経ビジネスマネジメント 広野 彩子)

ジョルジュ・アウー氏

ジョルジュ・アウー氏(Georges Haour)
フランス・リヨン生まれ。カナダ・トロント大学博士(化学)。スイスのビジネススクール、IMDの技術・イノベーション教授。1990年代初頭、日本におけるMOT(技術経営)について、大企業幹部向け研修プログラムを指揮したこともある。自ら8つの特許を持つ技術者。『イノベーションパラドックス~技術立国復活への解』(ファーストプレス刊、2006年)など、イノベーションに関する著作多数 (写真:いずもとけい、以下同)

 私は、技術とイノベーションを研究する学者で、金融に関しては専門家ではありませんし、金融工学のメカニズムについてもあまり詳しい訳ではありません。しかし、今回の金融危機と、それが及ぼす実体経済への悪影響は、イノベーションの専門家としても看過できない出来事です。

 ばかばかしい、米国の規制の不在がもたらした自業自得に端を発した出来事であることは言うまでもありません。著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏が言ったように、「銀行員の数よりも銀行の数が多くなってしまった」という状態でした。非常に愚かな一部の人々の行動が、市井の普通の無数の人々に非常に大きな影響を与えました。

 こうした失敗のおかげで、この先2年は世界中が痛みを感じることになってしまいました。一体、誰が責任を取るのでしょうか。世界経済の牽引車だった米国経済が大きく低迷するので、中国や日本のような、輸出で成長してきた国は深刻な影響を受けます。金融危機と景気後退の両方に苦しむことになる。

 金融で経済を成長させてきた米国なのに、金融機関トップの高額の退職金などを見せつけられた米国民は、金融業界全体に対して非常に激しい怒りを感じています。これは、1つの時代の終わりを象徴するものであり、その影響の大きさは、ドイツのベルリンの壁の崩壊に匹敵するものだと思っています。世界の人々の考え方が、完全に変わってしまったからです。

短期志向がイノベーションを殺す

 短期の利益を最優先で追い求める金融資本主義は、現実経済にも暗い影を落としてきました。これは私が常々指摘してきたパラドックスなのですが、技術イノベーションを語る時、経営者の本音は、市場を独占することだったり、カジノのように一か八かの勝負に出ることだったりと、結果としての短期的な利益です。

 つまり、イノベーションによって真剣に「富」を創造することに関心があったわけではなく、こぞってマネーゲームに勤しんでいただけだったのです。金融の世界の流儀は、数字で結果を出すことがすべて、最優先です。金融・財務畑の人間がトップに就いた企業では、トップはいつも、何を置いても数字、数字に表れる結果を気にします。これが、経済全体に蔓延していました。

 高い運用成績を上げたい、株主である企業の年金基金が、経営トップに数字を求める。その年金基金に対して高いリターンを出すことを求めているのは、企業です。これも、非常におかしなパラドックスです。

 我々働いている人間は将来、充実した年金を受け取りたいと思っているが、それを運用している年金基金が、企業にいる人間をますます厳しい状況に追い込んでいるという、パラドックスです。そのパラドックスの究極の行き着く先が、今回の金融危機だったのではないでしょうか。

「プロジェクトを6カ月で完成させよ」などナンセンス

 規模の大きな企業というのは、多かれ少なかれ官僚的になるものです。大企業は、同じ事を何度も、効率的に行うことに関しては得意です。しかし近年は、効率的であることや短期志向がなじまない研究開発部門にも、それが求められるようになってきていました。

 「このプロジェクトを6カ月で完成させよ」といった具合にです。これは全くナンセンスです。

コメント4件コメント/レビュー

二つの意味で素晴らしい、感じました。ひとつは、今の日本には指標がなく、このような視点を見出す、或いは指摘する余裕が国民全体にないという点です。今の日本は軍国主義に対してのアレルギーが未だ、解けていないことと、小泉首相時代から始まった格差拡大・もたざる者へのいたわりと、自分だけ良ければそれでよし、とする風潮への「それじゃいけないんだよ、という社会のコンセンサス」がないことです。もうひとつは、拝金主義の終わりとその本当の富を生み出すことの出来ない、低次元性をわかりやすく、鋭く指摘している点です。いまのいわゆる団塊の世代の技術、知恵、知識を次の世代に伝承していく余裕、隙間がどんどん失われていく。そして今回の危機がその止めを刺すでしょう。以上の二点の結果、筆者のいう思想の変更による社会の風潮が特に極右に傾く可能性は、ドイツより日本が高いのかも知れません(2008/11/02)

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「シリーズ――ポスト・サブプライム(2)」の著者

広野 彩子

広野 彩子(ひろの・あやこ)

日本経済新聞社NAR編集部次長

朝日新聞記者を経て日経ビジネス記者、2013年から日経ビジネス副編集長。日経ビジネスオンラインでコラムの執筆・編集を担当。入山章栄氏の著作『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』を担当。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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いただいたコメント

二つの意味で素晴らしい、感じました。ひとつは、今の日本には指標がなく、このような視点を見出す、或いは指摘する余裕が国民全体にないという点です。今の日本は軍国主義に対してのアレルギーが未だ、解けていないことと、小泉首相時代から始まった格差拡大・もたざる者へのいたわりと、自分だけ良ければそれでよし、とする風潮への「それじゃいけないんだよ、という社会のコンセンサス」がないことです。もうひとつは、拝金主義の終わりとその本当の富を生み出すことの出来ない、低次元性をわかりやすく、鋭く指摘している点です。いまのいわゆる団塊の世代の技術、知恵、知識を次の世代に伝承していく余裕、隙間がどんどん失われていく。そして今回の危機がその止めを刺すでしょう。以上の二点の結果、筆者のいう思想の変更による社会の風潮が特に極右に傾く可能性は、ドイツより日本が高いのかも知れません(2008/11/02)

>「皆が同じことを言い、同じフレーズを使うようになってくると危険信号です。密告が横行し、メディアが同じフレーズを繰り返す。議論し忘れている大切なことについて、議論する余地がない空気になる。そうなったら、要注意です」。肝に銘じておきます。日本ではもう既に兆候が現れている気がするので。(2008/10/31)

従来も短期的利潤追求の問題点は、指摘されていましたが、今回の世界的な金融危機が本当にその改善につながればと、期待はしています。しかし、資本主義=人間の欲望の合理化なので、はなはだ心許ない気がします。さらに、すでに温暖化=二酸化炭素の増加という世界規模の共通タームができています。私は、温暖化の進行は客観的事実としても、原因が本当に二酸化炭素の増加にあるのかは、まだ研究の余地があると考えますが、すでにこのことを公の場で堂々と主張できない雰囲気が世界規模で発生している事に、別のさらに、次の危惧を覚えています。おそらく21世紀前半は、その効果、効用の有無にかかわらず、「環境問題」が次のビジネスの主要な種になるのでは無いでしょうか。(2008/10/30)

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