• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

年金に命を賭したもう1人の「山口」

連続殺傷事件の被害者が追い求めた幻影とは――。

  • 杉山 俊幸,篠原 匡

バックナンバー

2008年11月26日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 なぜ彼が殺されなければならなかったのだろうか。

 元厚生労働省トップを狙った連続殺傷事件。22日夜、46歳の男が出頭したことを受け、警視庁は本格的な捜査に乗り出している。銃刀法違反の容疑で逮捕された小泉毅容疑者は次第に供述を始めているが、犯行の真意は依然、不透明である。

 今回の犯行で凶刃に倒れた1人が山口剛彦氏だった。1996年11月から1999年8月まで厚労省の次官を務めた人物である。

 実は5年前、国民年金保険料の未納率が40%近くになり国民の年金不信が頂点に向かう中、山口元次官は日経ビジネスのインタビューに答えている。既に厚労省を退官していた。それでも年金制度の課題について、手書きの年表をわざわざ作って、記者に説明してくれた。

 「年金というのは巨大船団のかじを切っていくようなもの。20年先を見越していかなければならない。そう思って、僕たちは年金制度を改正してきました。もちろん、『こうなること(年金財政の悪化)が分かっていたのに、なぜ何もやってこなかったんだ』という批判は受けるけど、僕たちも問題意識を持って対応してきたんですよ」。記者の質問に、率直に語っていた元次官の姿が脳裏に浮かぶ。

余命1年半、病室から法案作りを指揮

 亡くなった山口元次官は、85年に行われた年金制度の大改革を、年金課長として支えた。彼が「年金の山口」と年金問題のエキスパートと目されるきっかけになったのは、この大改革に携わったことが大きい。「年金の山口」こと剛彦氏は在職中、年金改革に別の形で命を賭した「もう1人の山口」氏の幻影を、追いかけていた。

 山口新一郎――。今回被害に遭った山口元次官や後輩官僚が今でも「局長」と慕う人物だ。新一郎氏は81年に年金局長に就任すると、自身が感じていた年金制度の問題解決に向け、改革に舵を切った。

 しかし、その時、新一郎氏の体は病魔に侵されていた。左の腎臓がガン細胞に侵され、あちこちに転移が進み始めていた。余命1年、うまくいっても1年半という状況だった。

 新一郎氏は病室で陣頭指揮を執りつつ、85年の大改正の道筋を作った。8つに分かれていた年金制度を基礎年金として一元化したことに加え、「負担は軽く、給付は多く」と無謀な暴走を続けた年金制度に歯止めをかけた。85年の改正で全ての問題が解決したわけではないが、この時の年金改正がなければ、日本の年金制度はとうの昔に破綻していただろう。

 85年の大改正前まで、年金の支給額は改正の度に増額されていた。65年、年金の月額平均支給が1万円になる「1万円年金」が実現。69年には「2万円年金」、73年には「5万円年金」と右肩上がりを続けていた。

コメント17

「ニュースを斬る」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック