極度の販売不振に苦しむ自動車産業。2009年は日米の両市場が、ピーク時に比べ6割程度の規模にまで縮小する。世界最強だったはずのトヨタ自動車でさえ赤字に転落するなど、非常事態に突入した。「6割経済」の現場で何が起きているのか。その最前線を追った。

展示車両はもはや1台も見当たらない。積もった雪をかき分け、入り口から店内をのぞくと、カウンターに掛かっていたのは、1枚もめくられていない2009年のカレンダー。来店客用の新聞ラックに束ねられていたのは12月26日付の朝刊だった──。
1月20日、北海道函館市の自動車販売会社、函館三菱自動車販売が裁判所から破産手続きの開始決定を受けた。「やっぱり苦しかったんだ。昔は私の息子も『パジェロ』を欲しがっていたけど、あの時が最高だったんだろう」。この販社幹部と知り合いだったという地元のタクシー運転手はつぶやいた。
世界的な自動車販売の不振は日本にも襲いかかっている。日本自動車工業会が出した2009年の販売台数見通し(軽自動車を含む)は前年比約5%減の486万台。1978年以来、31年ぶりに500万台の大台を割り込む。国内販売のピークは90年の777万台。今年の販売が自工会の見通し通りなら、約6割の規模にまで縮小する計算になる。

そのあおりで販売会社が窮地に立たされている。とりわけ深刻なのは体力の弱い中堅メーカー系の販社だ。
「メーカーの経営難という長いトンネルをようやく抜けたと思ったら、出た先が崖崩れだったような気分」
兵庫三菱自動車販売の社長で三菱系の販売店協会会長を務める西原興一郎氏は途方に暮れる。三菱自動車は2000年に発覚したリコール隠し問題などで経営危機に陥ったが、ロシアなど新興市場の成長で立ち直りかけていた。販社からすると、メーカーの倒産危機を回避したら、今度は販売急減という災難が降ってきた格好となった。
損保に融資依頼が殺到
ほかの販社にとって函館の事例は、もはや人ごとではない。
「私には函館三菱さんは『見殺しにされた』ように見える」
別の三菱系販社社長はメーカーに対する不信感を吐露する。かつては、経営難の販社に対し、メーカーが立て直しを支援することが多かった。単独での存続が難しければ、メーカーが主導して近隣の販社と合併させるという手もあった。
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