1本の桜の木が、人々に歴史への崇敬を抱かせ、美意識を育て、共有財産の計り知れない重さを教えることがある。ここに紹介する桜は、1万8000人の町民と熱い血で繋がり、郷土の誇りを創出させた“千年桜”である。
町の人が異口同音に語るのは、「この桜が、まさかこれほど有名になるとは、想像しませんでした」という、謙遜を含んだ言葉だ。
その桜は、3つの春(梅、桜、桃)が同時に訪れるという美しい町名を持つ、福島県田村郡三春町大字滝にある。桜木の名称は「三春の滝桜」。日本最大の枝垂れ桜(ベニシダレザクラ)で、幹回り8メートル、樹高9メートル、樹齢は1000年と言われている。
シーズン中は33万人が訪れる日本三大桜の1本
昨年の開花時から落花までのシーズン中に訪れた花見客は33万7983人、駐車場収入(滝桜協力金)は2147万円だったという。
天保7(1836)年に編纂された『瀧佐久良記』(原本流失)には、歴代の三春藩主の、滝桜に寄せる思いが伝わっている。まず、桜木を御用木と位置づけて周囲の畑地を無税とし、竹の矢来で桜を囲み、養生に努めさせた。また、開花が近づけば早馬を出して状況を聞いたことが記されている。もちろん、見頃ともなれば供を引き連れて花見に臨んだ。「三春盆唄」にはこんな一節がある。
…滝の桜に手はとどけども 殿の桜で折られない
樹齢の1000年は推定であるが、今から364年前の古文書には、秋田氏が藩主となった正保2(1645)年ころ、滝桜はすでに大木であったと記されている。
枝垂れ桜としては国内に比肩する桜はないが、桜愛好家の間では、岐阜県旧根尾村(現本巣市)の淡墨桜(うすずみざくら・エドヒガン)、山梨県旧武川村(現北杜市)実相寺の山高神代桜(やまたかじんだいざくら・エドヒガン・幹回りは国内最大)とともに、日本三大桜の1つとされている。三本の桜は大正11(1922)年、国の天然記念物の指定を受けた。
桜木の根元には安政2(1855)年に祀られた小さな神明宮があり、滝桜が神の徳を持つ御神木として尊崇されたことがうかがえる。祭礼は花が満開を迎えるころに執り行われ、社の左右に大きな幟が掲揚される。
桜花は“ベニシダレ”というだけあって、名がよく体を表している。満開を過ぎるまで紅色の艶やかさで個性を主張する。25年ほど前、初めて満開の滝桜に対面したときは、その妖艶さに圧倒されて息を呑んだ。端正な樹形、枝垂れる花は薄紅色の水流、そう、例えば「袋田の滝」のような滑らかに巌を流れ下る滝を想像させた。
すばらしい写真と文をありがとうございました。私の故郷は三春町の近くです。もちろんこれほど滝桜を見ることはありませんでした。桜は花だけではない、四季を通じてすべてであることがよく判りました。それにしても重要なことは地元地域の愛情です。長い歴史の中で大事に育て見守ることを続けてきた、何ともすばらしいことと思います。今の世も、自分たちで住み良いまちづくりをする、ぴったり当てはまるような気がします。三春町字滝の皆さんに負けないよう住み良い自分たちのまち創りを進めたいものです。 相模原市 67才(2009/03/27)