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最果てのバス停から現世が見える

「1月いっぱいで契約が切れたもんで、派遣だったものですから」

  • 宮嶋 康彦

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2009年4月10日(金)

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 一日じゅうバス停に座って乗降客をながめていた。

 最果ての土地の寂しげな風情に惹かれてのことだった。本州最北、津軽半島北端の街、小泊。この停留所から、いったい誰がどこへ行き、また、帰ってくるのか…たとえ、乗降客が数人だったとしても、このご時世の国の輪郭が見えるのではないだろうか…興味をもった。

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 津軽の首邑、五所川原行きは日に6本。始発は5時50分、最終は17時20分、五所川原を17時45分に出発した小泊行き最終バスが、この寂寥感の漂うバス停に戻ってくるのは19時40分。2月20日金曜日、日がな一日、ときどき吹雪くバス停に腰掛けて、世の中を概観することにした。

 津軽へ旅立った夜のこと、友人から携帯電話にメイルが届いた。「――津軽といえば、今年は太宰治の生誕から100年目、そちらでは盛り上がっているだろうね――」

 小泊は太宰の乳母、越野タケさん(故人)の在所である。14歳で津島家(太宰治の本名は津島修治)の奉公人となり、まだ幼い背中に赤子の修治を負うことになる。私が太宰作品の中で最も好む『津軽』は、主人公(太宰本人)が30年ぶりに、タケさんと再会を果たす場面でクライマックスを迎える。

 幼少の太宰は、病弱な生母の愛をうけられず、タケさんの情愛に支えられて過ごしたことが、『津軽』から読み取ることができる。もしも、タケさんが作家・太宰治のそばに寄り添っていたなら、心中未遂を繰り返し、その果てに入水することはなかったかもしれない。それほど、乳母のタケさんは、太宰にとって大きな存在だった、と作中で述懐している。

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 たしかに私のこのたびの旅行は、今年が太宰生誕100年と知って津軽行きを決めた。しかし、それは会いたい、と思う人がいたからだ。タケさんの長女が、小泊で暮らしている。80歳を超えた今も、お元気と聞いていた。

コメント5件コメント/レビュー

「5人の高校生が車内灯の光を背負って降りた」。心に残る一文でした。(2009/04/13)

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「5人の高校生が車内灯の光を背負って降りた」。心に残る一文でした。(2009/04/13)

とても興味深く読ませていただきました。過去に夏に一度だけ訪ねた竜飛岬の景色を思い出しました。毎日、通勤電車で見ず知らずの人と肩をぶつけてストレスをためながら暮らしている今の私の生活とどちらが幸せかを考えました。(2009/04/12)

まず目に焼きついたのが最果ての地、津軽竜飛岬の青い空を背景に回る白い風車。そこには現在が写りこんでいますね。バス停での定点観測でその地に住む人間の生活に迫ろうとするルポの試みにも興味をもちました。(2009/04/10)

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