• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

最果てのバス停から現世が見える

「1月いっぱいで契約が切れたもんで、派遣だったものですから」

  • 宮嶋 康彦

バックナンバー

2009年4月10日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 一日じゅうバス停に座って乗降客をながめていた。

 最果ての土地の寂しげな風情に惹かれてのことだった。本州最北、津軽半島北端の街、小泊。この停留所から、いったい誰がどこへ行き、また、帰ってくるのか…たとえ、乗降客が数人だったとしても、このご時世の国の輪郭が見えるのではないだろうか…興味をもった。

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示

 津軽の首邑、五所川原行きは日に6本。始発は5時50分、最終は17時20分、五所川原を17時45分に出発した小泊行き最終バスが、この寂寥感の漂うバス停に戻ってくるのは19時40分。2月20日金曜日、日がな一日、ときどき吹雪くバス停に腰掛けて、世の中を概観することにした。

 津軽へ旅立った夜のこと、友人から携帯電話にメイルが届いた。「――津軽といえば、今年は太宰治の生誕から100年目、そちらでは盛り上がっているだろうね――」

 小泊は太宰の乳母、越野タケさん(故人)の在所である。14歳で津島家(太宰治の本名は津島修治)の奉公人となり、まだ幼い背中に赤子の修治を負うことになる。私が太宰作品の中で最も好む『津軽』は、主人公(太宰本人)が30年ぶりに、タケさんと再会を果たす場面でクライマックスを迎える。

 幼少の太宰は、病弱な生母の愛をうけられず、タケさんの情愛に支えられて過ごしたことが、『津軽』から読み取ることができる。もしも、タケさんが作家・太宰治のそばに寄り添っていたなら、心中未遂を繰り返し、その果てに入水することはなかったかもしれない。それほど、乳母のタケさんは、太宰にとって大きな存在だった、と作中で述懐している。

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示

 たしかに私のこのたびの旅行は、今年が太宰生誕100年と知って津軽行きを決めた。しかし、それは会いたい、と思う人がいたからだ。タケさんの長女が、小泊で暮らしている。80歳を超えた今も、お元気と聞いていた。

コメント5

「奥深き日本」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

プロフェッショナルとして、勝負どころで安易に妥協するなら仕事をする意味がない。

手嶋 龍一 作家・ジャーナリスト