四国に、またひとつ、秘境を見つけた。阿波の国、海部の山峡、寒茶を産出する久尾(くお)という集落。
一昨年は伊予と土佐の国境いにそびえる石鎚山山麓でヒメボタルの大群生に遭遇し、まるで現の世とは思えぬ光景を、一晩、まんじりとも出来ず、見入っていた。
このたびも、あの世とこの世を分かつような境を、いつ越えたのか、結界がわからないまま、その村に入っていた。人々は山深い天地のあわいで、幾時代かを遡ったような暮らしの風景をつくりだし、喜びと悲しみを結んでいる。
徳島空港で落ち合った県庁の職員が運転するセダンの助手席で、四国の右下の、かつてはお遍路が歩いたばかりの道を、ひたすら南下しながら、いつしか睡魔に襲われ、水平線に浮かぶ島の名前を夢の中で聞いていた。ふと、正気に戻ってみれば、いつのまにか軽やかなエンジンの音も消え、車は、九十九折の山路をあえぐように上っている。
「まもなく、久尾に着きます、携帯電話は繋がりません」
初めて聞く久尾という地名が、眠りから覚めない脳裏に、くおん、と聴こえ、車窓に上下する天地が、かつて体験したことのない無窮の空間に踏み込んだかもしれない、と空想を抱かせた。車の窓を下ろせば山の匂いを含んだ冷たい空気が頬を打つ。数え切れないほどの鳶が、雨もよいの空を背負って旋回していた。
「野根川です、天然の鮎が自慢の川です、アマゴもずいぶん獲れるそうです」
久尾の集落は谷間の斜面にへばりつくように並び、地すべりに抗うために石垣が築かれている。その石垣の門で、私を迎えてくれた婦人の笑顔は、この上もなく優しく、もの静かであった。
「さて、この石垣の始まりは、幾年になりますやら、江戸の昔に遡るとしかわかりません、今でも、崩れれば補修して、大事に受け継いでいます」
この山峡で生まれ、育ったという石本アケミさん。小柄で顔の色艶が若々しいご婦人で、夫の茂さんと2人暮らしという。
「肌が若い、と会う人がよくおっしゃるので、近ごろは慣れましたが、寒茶のせいだと思います」
両手の細い指先に1枚の茶葉が握られている。朝方、摘んだばかり、と言い、わたしの手の平に載せてくれた。いかにも貞木らしい肉厚の葉で“つらつら”の濃緑の輝きをもっていた。手の平で揉んで鼻に近づけてみれば、ほのかに、日向の匂いがする。
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