仕事の文章は、
どんなふうに読んだらいいんだろう?
メールだけでもかなりの量だ。
その上、会議の資料や事業計画書、報告書などなど、
いちいち読んでいると日が暮れる。
かといって、資料を読まずに会議に出ると、
読んでいないことがバレバレで、
大恥どころか、信頼をなくす。
まわりをみると、とかく要領がいい。
読むのが速いし、苦じゃない、
そんな先輩もけっこういる。
おまけに仕事関係の本をたくさん読んでいる人まで。
「自分はさほど国語がニガテではなかったはずだ。
なのに、なぜ、仕事では、
こんなに読むのが苦なんだろう?」
そう思っている新人がいたら、
あなたは極めてまっとうな反応をしている。
新人だったら、量が読めないし、
時間がかかるし、苦になる。
それでいいではないか?
逆に私が危惧するのは、
新人のいまのうちから、
ヘタなテクニックを仕入れて、
仕事の文章を「ラクに読んでしまう」ことだ。
あなたに2つ聞きたい。
まず、そもそも
「人はなぜ、文章を読むのか?」
たとえばあなたが、
仕事のために「少子化」について
知らなければいけなくなったとして、
くらべてみてほしい。
大学教授に取材を申し込み、
顔を合わせて手取り足取り説明してもらうのと、
教授に、
「いや、時間がとれないんで。これを読めばわかるから」
と論文を渡されてしまい、それを独り「読む」負担感と。
同じ「言葉」でも、話し言葉よりも、「文章」は、
「言葉が固まり」になるから、ぐっと取り込みづらい。
書くほうも、読むほうも、めんどうな「文章」を
人はなぜ、わざわざ用いるんだろう?
あなたにもう1つ聞きたい。
ちょっと唐突に感じるかもしれないけれど、
「人は自分が経験しないことはわかることができないか?」
よく「こどもを産んだことのない人に
親の気持ちなんてわかるものか」
という、物言いをする人がいる。
この論理をつきつめていくと、
人は究極には、自分の体で感じる経験の範囲でしか、
ものをわかることができないということだ。
あなたはどうだろう?
好きな人の気持ちも、
自分を育ててくれたお母さんの気持ちも、
経験外のことになると、結局は「わからない」というんだったら、
私はあまりにも寂しいと思う。
私はライティングの授業などで、さまざまな大学に出張する。
近年、読解力の問題として衝撃を受けているのが、
教授から聞く、こんな話だ。
「文章を読め、と言われたら、
さほど苦でもなく、すらすら最後まで読む、
けれども、では筆者は何を言いたかったのか?
と聞くと、説明できない人がいる」
妙な話である。
いつの時代にも、どこにも、
「読める人」と「読めない人」はいる。
読めない人は、
その文章に書いてあることがわからないから
「読めない」のだし、
読める人は、その文章に書いてあることがわかったから
「読めた」と言うのである。
文章を読めるんだけど、読めない?
これはひと言で言って、
「自分の世界から1歩も出ずに読んでいる」からだ。
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文章表現・コミュニケーションインストラクター。岡山県生まれ。1984年ベネッセコーポレーション入社後、進研ゼミ小論文編集長として、高校生の考える力・書く力の育成に尽力する。2000年 独立。フリーランスとして、執筆、講演、高校・大学での授業、社会人への研修、ワークショップなどを通して、文章表現力・思考力・コミュニケーション力の 教育に取り組んでいる。著書に『話すチカラをつくる本』『伝わる・揺さぶる!文章を書く』『あなたの話はなぜ「通じない」のか』『理解という名の愛がほしい』『おとなの小論文教室。』他多数

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