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第6話:ペットロスは「気のせい」か?ペットラヴァーズの会に参加して

  • 津田 和壽澄

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2009年6月24日(水)

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 人は誰でも、程度の差はあれ大切な人との別れを経験する。それは様々な形を取る。理由があっての別れ、突然の別れ、病、喧嘩、転勤・転校、成長のための別れなど…。

 そこから生じるストレスが、日常生活に影を落とす。
 ストレスとは物理用語から来ている。例えばボールを壁に投げた場合、壁がへこむ。この場合、壁のへこみがストレスであり、その原因となったボールはストレッサーと呼ぶ。

 さらに、ストレスには“ディストレス”と“ユーストレス”の2種類がある。前者は誰もが経験したことがある“つらい”ストレス、後者は達成感や高揚感を引き起こす“心地よい”ストレスである。心理測定基準によると、一見幸せに見える結婚や昇進などは、ディストレスを引き起こす高い可能性を秘めている。なぜならそれは、未経験へのチャレンジだからである。

 そして私にとってディストレスの最たるものが、ピピとの別れだった。ペットロスホットラインが役に立つかどうか半信半疑のまま、指は必死でダイアルしていた。

電話の向こうの相手に、私はただ泣きながら話し続けた

 「はい、ペットロスホットラインです」
 落ち着いた女性の声を聞いた途端、自分でも驚いたことに、私はしゃくりあげていた。

 頭の中で整理していたはずの悩みを相談することも忘れ、電話の向こうにいる見知らぬ女性に、ただ泣き声を聞かせるだけだった。これまでの経緯を途切れ途切れに話し「まさか、自分がこんな電話をすることになろうとは…。ペットロスは後悔のある人だけが体験することだと思っていました」とも伝えた。

 先方は私の名前も聞かず、ただ穏やかに耳を傾けている。時々挟む言葉は「あなただけではないんですよ」「そうした悲しみは必ず癒やされますから」「決して異常だと思わないで」「お話を伺うと、とても素晴らしい絆を築かれたことが分かります」と言うだけ。

ピピの写真を前に面影をしのぶ

 15分も経った頃、私は涙をぬぐい「ありがとうございました」と言って電話を切っていた。「ピピと私だけの特別な体験」を自負しながらも「私だけではない」ということを知ったことは、心を穏やかにさせた。

 私は気持ちを共有できる人がいるということを実感し、さらに直接共有できる場所へ行ってみたいと思うようになっていた。ペットを亡くした人たちの間で数カ月に1度開かれるミーティングが、数週間後にあるという。私は「それまでには、きっと気持ちは落ち着いているだろう」と考える一方で、その日程をカレンダーに記した。

 ペットラヴァーズ・ミーティングは、2009年3月21日に開催された。ピピが旅立ってからちょうど12週目の土曜日である。

 私は直前まで、「知らない人に感情を吐露して、大切な思い出を無防備に晒すこと」に躊躇していた。だが結局、愛犬を自宅で看取ることの意義などを伝える機会にもなるかもしれない、と大義名分を作り上げ、会場へ向かった。

 そこにはコンパニオン・アニマル(犬、猫、ウサギ)を亡くした13人のオーナーが集まっていた。男性2人を含むその集まりは、出入りも自由、話すも話さないも自由という、ボランティアが運営する会だった。まず代表者の梶原葉月さんが自身の体験を語った。そして順番に話していくのである。

 驚いたのは、参加者それぞれの心の傷の、計り知れない深さであった。コンパニオン・アニマルを失ったのは10年以上も前のことであるにもかかわらず、それを昨日のことのように思い、まだ自責の念をひきずっているのである。

 30代男性の、「今回初めて、思いきり涙を流しました」という言葉には胸を打たれた。別の男性は、自分が長く病んでいる時いつも一緒にいてくれた猫との不思議な出会いや、病魔と闘いながら孤独感を持っている時に、その猫のぬくもりがどれだけ貴重であったかということを、淡々と語った。

コメント5件コメント/レビュー

ペットロスは人間を失うのとは別の意味合いで辛いのではないかと思います。ペットは言葉を喋りません。人間ほどの自己主張をもって、自分と対立したり、あるいは独立して疎遠になることもありません。「永遠の二歳児」と言いますが、よくもわるくも飼い主にべったりでずっと生きることになり、また飼い主も自分の想像を膨らませて、相手を自分に近づけます。たとえおなかがすいただけで擦り寄ってきた猫も、自分が寂しいと「なぐさめてくれるのね」と自分の解釈で受け止めます。ひどい言い方ですが、いくらでも自分の中で、「自分に都合のいい存在」にできます。自分の中に取り込んだ存在という感じがします。長く一緒に暮らしたペットというのは飼い主にとって、家族というより「自分の一部」なのではないでしょうか。自分の一部を失えば、その喪失感はすさまじいものだと思います。家族と悲しみを共有できないのもわかります。「自分」を他人と共有はできませんから。私は自分より先に死んでしまうと思うと、どんなにかわいくても動物を飼うことができません。ペットロスに陥った人は、その恐怖を乗り越えて動物との絆(たとえ一方的であっても)を築いた人です。愛情の力が強い人なのだと思います。苦しみを封じ込めずに発散したら、きっと立ち直ってゆけると思います。(2009/07/15)

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いただいたコメント

ペットロスは人間を失うのとは別の意味合いで辛いのではないかと思います。ペットは言葉を喋りません。人間ほどの自己主張をもって、自分と対立したり、あるいは独立して疎遠になることもありません。「永遠の二歳児」と言いますが、よくもわるくも飼い主にべったりでずっと生きることになり、また飼い主も自分の想像を膨らませて、相手を自分に近づけます。たとえおなかがすいただけで擦り寄ってきた猫も、自分が寂しいと「なぐさめてくれるのね」と自分の解釈で受け止めます。ひどい言い方ですが、いくらでも自分の中で、「自分に都合のいい存在」にできます。自分の中に取り込んだ存在という感じがします。長く一緒に暮らしたペットというのは飼い主にとって、家族というより「自分の一部」なのではないでしょうか。自分の一部を失えば、その喪失感はすさまじいものだと思います。家族と悲しみを共有できないのもわかります。「自分」を他人と共有はできませんから。私は自分より先に死んでしまうと思うと、どんなにかわいくても動物を飼うことができません。ペットロスに陥った人は、その恐怖を乗り越えて動物との絆(たとえ一方的であっても)を築いた人です。愛情の力が強い人なのだと思います。苦しみを封じ込めずに発散したら、きっと立ち直ってゆけると思います。(2009/07/15)

私も今秋11歳になるオスのヨーキーを飼っています。飼い始めた当初から長くても15年程度の寿命だということを考え、毎年誕生日を迎える度に、この数年は辛い思いをしています。あと何年生きられるだろう、X-DAYはいつだろうなどということを考え、その時の自分の精神状態を想像してみたりすることもあります。私はそんなことを考えたりしますが、犬は将来の事を想像して悲観したりしないらしい・・・という事を知り、今を大切にしようと思うものの愛犬を見ると10回につき1回は悲観的な事を考えているのが現実です。(ピピさんはカットしたその姿も色も我家の犬とそっくりです。)(2009/06/26)

愛とは本来無償のもの。季節を織りなす花々が美しいのは無償の愛だからといいます。おそらく筆者の愛は無償のものなのでしょう。そうだとしてもやはり人は愛を与えてくれる人に愛を感じるものだと思います。筆者も述べているように言葉を越えて多くのものをもらったのでしょうね。対象が何であれ、そのような出会いを人生で経験できたことは素晴らしいと思います。(2009/06/25)

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