• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

負の遺産こそ最良の地域コンテンツ

新しい町の姿を伝えるために始めた私の取り組み

  • 吉永 利夫

バックナンバー

2009年7月10日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 皆さんこんにちは。「水俣教育旅行プランニング」というNPOの代表を務めている吉永利夫と申します。普段、私は修学旅行生や研修で水俣に来る人たちに、水俣病に苦しむ患者家族や水俣の歴史、水俣の今の姿などを伝えています。

 水俣というと、水俣病の町、汚れた海といったイメージが強いでしょう。でも、水俣は水俣病だけの町ではありません。日本でも有数の環境都市であることに加えて、温暖な気候を利用した安心・安全な農作物、森や川に恵まれた豊かな自然など、様々な顔を持っています。こうした水俣の多様な姿を、訪れる人々に伝えていきたいと日々活動しています。

画像のクリックで拡大表示

 「水俣病でメシを食え」。私は常々、こう連呼しています。水俣病という最悪の公害を生み出した水俣。その水俣だからこそ伝えられることがある。そして、それが水俣という地方都市の活性化につながる――。あえて過激な言い方をしているのはそのためです。

 もちろん、水俣病は終わっていません。ただ、負の遺産をポジティブにとらえることは、新しい水俣を作る第一歩になるでしょう。そして、水俣の今の取り組みは、欧米の金融危機の余波を受け困難に直面する多くの人々に、何かしらの力を与えることができるのではないかと思っています。

 前置きが長くなりましたが、このコラムでは今の水俣の姿を皆さんに伝えていきたいと思います。まずは、私自身のことから話していきましょう。

*  *  *  *  *  *  *  *

 水俣は水俣病の発生で世界に知られた小さな町です。私はこの水俣で、人生の半分以上を暮らしてきました。出身地の静岡から初めてこの町に降り立ったのは1972年1月。その時、私は20歳でした。それから38年、大事な人の命の終わりに数多く接してきました。私は58歳になりました。若かった頃の私に、多くの事を語りかけてくれた人々の年齢に、いつの間にか達してしまいました。

 定時制高校を卒業した私のまわりには、いわゆる「学生運動」の残り火がありました。街頭デモに1~2回参加した程度の私は「運動」の中身や方向性はまったく分からなかった。でも、「世の中を変える」という熱い思いは、接した人々から伝わっていました。

20歳で水俣の地を踏んだ

 静岡を出て企業に就職する道や何かの夢を追って生きていく思いはまったくありませんでした。頭の中にあったのは何か漠然とした憂鬱だけ。だからでしょう。鹿児島に移住していた友人の誘いに乗って水俣の地に足を踏み入れました。この時は、「1週間ぐらいのぞいてみよう」という程度の気持ちでした。

 水俣への途上、機会があって熊本の裁判を傍聴する機会がありました。当時、熊本地方裁判所では、苦難の毎日を送っていた水俣病患者が提訴した民事裁判が行われていたのです。元工場長に対する尋問だったと記憶しています。それまでは、裁判など別の世界のことだと思っていました。

 そして、裁判終了後、水俣に帰る患者家族が乗るバスに同乗させてもらいました。バスの中で生まれて初めて焼酎を飲みました。家族のみなさんと水俣の地に降り立った時は、ほろ酔い気分でした。

 静岡時代の友人にはこうクギを刺されていました。
 「患者が戦っている現場だ。いい加減な気持ちで入るな」

コメント5件コメント/レビュー

この春に水俣を訪問し、吉永さんのお話を伺う機会がありました。水俣病という名前は誰もが知っているが、多くの人はその実際の姿を知らないし、知ろうともしない。もとより、水俣に住む人が全て水俣病であるわけがなく、その結果、患者とそれ以外の市民の間に埋めがたい大きな溝ができてしまった。そして今、その溝を埋める努力が吉永さんをはじめ心ある人たちによって進められている。この話はできるだけ多くの人が知るべきことだと思います。今、このテーマを取り上げた日経BPのセンスに脱帽するとともに、吉永さんのこれからの話に期待していきたいと思います。(2009/07/13)

「「水俣病でメシを食え」」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

この春に水俣を訪問し、吉永さんのお話を伺う機会がありました。水俣病という名前は誰もが知っているが、多くの人はその実際の姿を知らないし、知ろうともしない。もとより、水俣に住む人が全て水俣病であるわけがなく、その結果、患者とそれ以外の市民の間に埋めがたい大きな溝ができてしまった。そして今、その溝を埋める努力が吉永さんをはじめ心ある人たちによって進められている。この話はできるだけ多くの人が知るべきことだと思います。今、このテーマを取り上げた日経BPのセンスに脱帽するとともに、吉永さんのこれからの話に期待していきたいと思います。(2009/07/13)

文章には共感させられることが少なくありませんでした。しかし、タイトルは頂けません。私は広島にいますが、被爆者や遺族の心情を思えば、「原爆でメシを食え」とは口が裂けても言えません。もちろん観光地や会議開催地として原爆ドームや平和公園を「売り」にしている現状を鑑みれば、欺瞞だと言うこともできるでしょう。ただし、言葉というのはいったん出てしまえば、独り歩きを始めるものですから、「水俣病でメシを食え」は文章の趣旨とは異なる形で理解されることでしょう。特に環境破壊をしながら、「環境」をウリにしている企業が跋扈している昨今では要注意だと考えます。(2009/07/10)

活動お疲れ様です。地元の関係が複雑である事は想像に難くないです。公害被害者で師弟親族の勤め先でもある。水俣病は少し引いてみると経済向上益を求め産業促進する中、害の部分に目を遠ざける「人間の逃げ根性」が政、官僚、業界に顕著に現れた現象です。この手の害は水銀に限らず原子力廃棄物、医療廃棄物、環境害廃棄物。これらはみな全く同じ構造で同じく予防がないがしろで被害が出てから隠蔽、偽装、御用学者、判明後は罪のなすり付けあい。個人、法人、官僚、政治の其々責任所在と反省がうやむやのまま裁判は長びき被害は長期化するパターンで現在中国が当時の状況です。一党独裁だけに更に隠蔽は強い。勤め先、親族しがらみを離れ害を止め救済するをすばやく出来ず、救済と同タイプの再発防止の水平展開をわかっていて実施せずその場しのぎ。という政官業組織の卑劣拙劣さを世界に発信して下さい。(2009/07/10)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

組織を正しい方向に導き、 作り変えていける人が、優れたリーダーです。

ジェニー・ダロック 米ピーター・F・ドラッカー伊藤雅俊経営大学院学長