• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

03 経済成長論ってなんで悪役になりがちなんだろう

2009年8月20日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 「経済っぽくいこう!」、1回目の続き(「みなさん、『勉強』してみませんか?」の後編)をお届けします。

 専門領域に深い見識をもつ学者でも、他の領域との交流は意外に少ない。人文系と経済系の学者が同じテーブルにつくことすら希少のようです。

 経済は、いま、なんとなく「悪役」のにおいを放っています。昨年のサブプライムローン問題以来、「どうも経済の世界ってきな臭い」という印象を与えていることが大きいですし、合理性を重視する「経済学」っぽい考え方が、必ずしも人道的ではない、からかもしれません。

 しかし現実の世界において、合理的な考え方は重要です。なによりも、異なる意見を持つ人たちが、「まあ、座ろうか」と思うためには、誰もが納得できる合理性のテーブルが必要です。そのうえで、人道に寄るか、合理性に進むかを話し合えばいい。

 となると政治の世界、とくに政策決定において、経済的思考はきちんと機能しているのか否かが気になります。経済学っぽい考え方で知識を持つ人、求める人をつなごうとしている、芹沢一也さん、そして遅れて登場の荻上チキさんにお話をうかがいました(なお、「シノドス(SYNODOS)」については、前回をお読みください)。

話者プロフィール

芹沢 一也(せりざわ かずや)
1968年東京生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。SYNODOS代表。専門は近代日本思想史、現代社会論。犯罪や狂気をめぐる歴史と現代社会との関わりを思想史的、社会学的に読み解いている。著書に『<法>から解放される権力』(新曜社)。『狂気と犯罪』『ホラーハウス社会』(ともに講談社+α新書)、『暴走するセキュリティ』(洋泉社新書)、浜井浩一との共著に『犯罪不安社会』(光文社新書)、編著に『時代がつくる「狂気」』(朝日選書)。高桑和己との共編著に『フーコーの後で』(慶應義塾大学出版会)。監修に『革命待望!』(ポプラ社)。

荻上 チキ(おぎうえ ちき)
1981年兵庫県生まれ。東京大学情報学環境修士課程修了。専門はテクスト論、メディア論。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『12歳からのインターネット』(ミシマ社)、『ネットいじめ』(PHP新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)、共著に『バックラッシュ!』(双風舎)がある。人文社会科学系を中心にネットで話題のニュースやトピックを紹介するウェブサイト「トラカレ!」、「荻上式BLOG」主宰。

(承前)

――前回は、政治と経済のお話で終わりました。政治と経済は、国を動かしていく両輪です。このジャンルでは、現状、経済学の考えはうまく取り入れられているのでしょうか。

芹沢 経済的な合理性に裏打ちされた政策が実現されているかってことですよね?『日本を変える「知」』(光文社)の飯田さんのセミナーをお読みいただければ、日本の経済政策がいかにひどいかがよく分かるかと。再分配、安定化、競争、いずれもまっとうな政策がなされていない。

――経済学者は政権なり、役所なりとつながっているから、その意見は当然政策に反映されている、と考えてしまいがちですが。

芹沢 少なくないケースで、学者は権威付けのために利用されているのであって、根拠付けのために徴用されているのではないようなのです。いわゆる「ひも付き」というやつです。もっとも、これは経済にかぎりませんけどね。

荻上 (遅れて申し訳ない。予定を一日勘違いしていました!)「よりまっとうな回答」が既に共有されていたとしても、その「よりまっとうな回答」自体を届けるための回路がなければ、あるいはそうした回路自体の支持率自体が高くなければ、さらにはそれを「まっとう」だと思うリテラシーが共有されていなければ、浸透しませんよね。

 しかも難しいのは、「資本主義の暴走によって道徳が崩壊した」的なトンデモない議論をしている人でさえ、自分の議論を「まっとう」だと思っていて、理不尽なほどに社会に浸透していないのだと思い発奮していること。つまり、「情報戦」にコミットするマインドだけで差異を競おうとしても、あまり意味が生まれにくいということです。

芹沢 政治を動かしていくのは、やはり世論ですよね。でも普通のひとは、経済学なんか知らないのが当たり前です。そうしたなかで、少しでも「経済学っぽい」考え方を広めていく必要がありますね。飯田さんはそのあたり、かなり自覚的に啓蒙活動をしてると思いますよ。

荻上 そして世論を動かすためには、つまりは何かを「社会問題化」していくためには、どうしてもメディアを通じた「情報戦」との距離感が問われます。飯田さんは、著書『ダメな議論』(ちくま新書)などでメディア上の「情報戦」の現状のまずさを指摘しつつ、一人のプレイヤーとして「情報を正す」ために積極的に参画していました。その一方で「既存レジーム」上でのプロレスに絡め取られていなかった、稀有な論者の一人でした。

さわやかな悪役

――これは褒め言葉なんですけど、飯田(泰之)さんは口は悪いのに直にお話を聞いているとさわやかで。

芹沢 シノドスにはさわやかな人たちが集まっているんですよ(笑)。まあ、ルサンチマンに無縁な方たちです。

――シノドスが作った、飯田さんをフィーチャーした対談本『経済成長って何で必要なんだろう?』(光文社)というタイトル、すごくうまいと思ったんです。どちらかというと「必要ないんじゃないの?」と続きそうな感じをにおわせて、読んでみたらまるで逆、「必要です」という話がのみ込めるように作っていますよね。

芹沢 このあいだ朝日新聞を読んでいたら、「これからはもう経済成長はないんだ。そうしたなかで、いかにパイを仲良く分け合っていくかなんだ」みたいな話が載っていました。そうした論調が日本では強いですよね。僕もとくに違和感をもつことなく、受け入れていましたし。

――そういう本はたくさん出ていますね。

荻上 でもそれも、多くの場合は「なんとなくそう感じている」というレベルですよね。その情報元は、やっぱりメディアだったりする。

 1970年代から80年代頃にかけて流行した消費社会批判の、典型的なパターンの一つに「文明への反省」というモチーフがありますね。右派・左派問わず、「発展しすぎた文明の暴走」といったイメージから、大衆社会を批判するというものです。

 70年代は「公害病」など、80年代頃からは「オゾン層などの環境破壊」などに典型的なように、何をもって「暴走」の象徴とするかは変わっていきますが、基本ロジックは同じ。今であれば、既に時代が「定常型社会」になっており、「経済成長という病」に期待することが無理なのは自明なのだ、という批判がリベラルや左派の側から提示されることも多い。

芹沢 環境と調和した社会をつくり上げて、地域コミュニティの中で仲良く共生していく、みたいな提言ですね。でも、それってやっぱりファンタジーなんですよね。

荻上 「共生」「包摂」といったイメージ自体にはもちろん賛同するけれど、それを実現するための方法論が、「エコノミクスなきエコロジー」的なものだというのが現状ですね。「コミューンよ、もう一度」といったファンタジーに、未来を賭けるのはまずいでしょう。

 人はいつも「オルタナティブ」にあこがれるものですが、せっかく飛びついた「オルタナティブ」が、実際には通俗的に反復されている社会イメージにすぎなかった、というのでは本末転倒。釈迦の手のひらで粋がっている孫悟空ではダメなんです。

コメント14

「経済学っぽく行こう!」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

環境の変化にきちんと対応して、本来提供すべき信頼されるサービスを持続できる環境を作り出さなければならない。

ヤマトホールディングス社長 山内 雅喜氏