「この国に2大政党制を根付かせよう」「そのために1度、民主党にやらせてみてください」「政権交代が必要なんです」――。幾度も念仏のように唱えられた民主党の言葉に、国民は応えた。
2大政党制を目指した小選挙区制が導入されたのは1996年の衆院選。それから5回目となる総選挙で、民主党は悲願の政権奪取を果たした。
しかし、その一翼を担うべき自民党の負けっぷりが、あまりにひどい。単独過半数を大きく上回った民主党とは対照的に、前回議席の半数をも下回った自民党。1955年の結党以来、経験したことのない甚大な傷を負った。
「小沢(一郎代表代行)さんは、民主党が新しい自民党になればいいと考えている。2大政党制を根付かせる気はない」
選挙を終えて、ある自民党の大物議員は、こうつぶやいた。自民党の瓦解もささやかれるほどの大敗に、党内の士気は大きく落ちている。それは、自民党の危機であると同時に、2大政党制の危機でもある。(文中敬称略)
その男は、自身の名前が大きく入ったたすきをかけ、スタッフを誰もつけずに駅前にぽつりと立ち、しゃがれた声を張り上げ、帰路に着くサラリーマンや学生を出迎えていた。
「河野太郎です! おかえりなさい! 河野太郎です! お疲れ様です! 河野太郎です…」
選挙戦、残すところ20数時間。8月28日、JR茅ヶ崎駅、夜の9時。この日河野は、朝は同じ場所で通勤客を見送り、日中は選挙区内をつぶさに回り、夕方は駅前2カ所で遊説を行い、夜は3カ所で個人演説会をこなした。
最後の演説会が終わったのは夜の8時半。すぐさまクルマに乗り込んだ河野は、茅ヶ崎駅へ着くと1人で降り、階段を駆け上がり、いつもの場所に立った。そして、2時間近くもの間、声を張り上げ続けた。こんな日が、毎日、続いている。
3代続いた「河野ブランド」の地盤を引き継ぎ、全国的な知名度を誇り、前回の選挙では全国で2番目となる得票率を稼いだベテランの代議士が、まるで新人候補のように、自身の名を連呼し続けていた。
「おまえは一番外れているから、自民党の冥王星だ」
河野であっても、「厳しい」「苦しい」と言い続けた神奈川15区。だが有権者は、またしても、河野を選んだ。比例区の獲得票数は、民主党が自民党を上回った。しかし小選挙区では河野が、民主党の対立候補を辛うじてかわし、当選した。
それは、自民党としてではなく、河野太郎として戦ったからにほかならない。
河野は13年前、小選挙区制が導入された衆院選で初当選した。国会に行き、「今の年金制度はもうダメです。抜本的な改革が必要です」と訴えると、先輩議員から白い目で見られた。
「冥王星は太陽系の一番外れたところをぐるぐると回っている。おまえは自民党の中で一番外れているから、自民党の冥王星だ」(編集部注:冥王星は長らく太陽系9番目の惑星とされてきたが、2006年以降は「準惑星」と定義されている)
重鎮に呼びつけられた河野は、こう揶揄された。あまりに悔しくて、「冥王星が外れているのではありません。太陽の位置がずれているんです」と言い返してやった。
3年前、ポスト小泉を決める総裁選に手を挙げた。「年金改革をやるなら河野太郎、やらないなら安倍晋三」というキャッチフレーズを掲げ、20人の推薦人を集めたが、結局13人しか集まらなかった。河野は語る。
「今にして思えば、自民党の間違いはそこから始まったのではないかと思います。もしあの時、河野太郎が総理をやっていれば、少なくとも、今、年金制度だけは抜本的な改革が終わっているはず」
森喜朗に怒られ、与謝野馨に怒られ…
昨年6月に発足した自民党の「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」では中心的な役割を果たした。各省庁、すべての予算を総点検、課長クラスのヒアリングに要した時間は延べ200時間を超えた。
あまりにバラ色の説明で胡散臭いと感じた時は、担当部署など現場に乗り込み、予算の使い道を徹底的にチェックして詰めた。ついには局長や次官クラスが自民党本部の重鎮に「何とかしてくれ」と泣きついた。
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