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国家社会主義的な農業ビジョンの蹉跌

秋田県大潟村が体現する「垂直」から「水平」(その2)

2009年10月21日(水)

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 「大潟村」。その地こそ日本農業の因襲を脱する新天地となるべく、期待された。農地解放で土地を手に入れた既存農家は、その土地にしがみつき、変化を受け入れない構造に既に固着していたので、人工の新天地へ寄せられる期待はより大きく輝いた。

 干拓事業に関わった秋田県知事・小畑勇二郎が1960年に秋田に遊説に来た池田勇人首相と交わしたという話は印象的だ。

 干拓事業の話題になった時、小畑が「干拓地では1人当たり2.5町歩の水田を作る」と説明すると、池田は言下に「そんな馬鹿なことはない」と否定したという。そして言葉をこう続けた。「これからの農業は2.5町ではいけない。5町歩にしなさい。5町歩に計画変更するなら予算はいくらでもつけましょう」(『国土はこうして創られた』富民協会より)。

 1965年、干拓地に八郎潟新農村建設事業団法によって「事業団」が設立され、「モデル農村」を作る目的が謳われる。そして1966年に第1次入植者が公募された。

 当時の状況をうかがわせる資料として雑誌『世界』1964年1月号に大内力・東京大学教授が寄稿した「八郎潟の夢」は興味深い。農林省の審議委員会に参加していた大内は干拓地の農業区画が60ヘクタールに仕切られていることに着目し、まずは1戸6ヘクタール配分にして1区画10戸の共同経営をその出発点にしたらどうかと考えていたという。これは池田の認識に通じる。

机上では完璧と思えたが・・・

 ところが審議会委員の間でいろいろと検討していると、トラクター3台を1セットにして120ヘクタールを1団地として経営するのが一番能率的であることが分かった。そして1戸平均10ヘクタール、6戸を1集団として、2集団を機械の共同利用単位とする方法が編み出された。

 この審議会提案がほぼそのまま具体化し、大潟村では10ヘクタールを相手取った水田単作大型機械化一貫体系が目指されることとなる。ヘリコプターで空中からモミを捲いて直播し、除草剤もヘリから散布、外国製のムギ用の大型コンバインで収穫し、生モミをダンプカーでカントリーエレベーターに運び、乾燥・貯蔵・出荷まで一元的に行う方法が取られ、まさに因襲を離れた「新しい農業」がそこで緒につくはずだった。

 しかし――、こうして机上では完璧と思えた計画が狂い始める。

 「将来の日本農業のモデルとなるような生産性および所得水準の高い農業経営を確立する」能力を備え 社会文化生活面においても日本の農村社会のモデルを建設するにふわさしい」人材が公募され、国が直接選抜に当たって選ばれた56人の1次入植者候補者は、訓練所で農業機械、直播栽培、経営などの学習を700時間、トラクター運転、機械栽培技術などの実習800時間の訓練を受けた。まさに新しい近代的農業従事者として育成された彼らは、翌年に意気揚々と大潟村の大地に最初に鍬を入れる。

 だが現実は予想を裏切った。ヘリコプターから酸性のヘドロ大地に播かれたモミは発芽成績が悪く、ハトやカモの大群にも襲われて育つことがなかった。事業団は慌てて“半分は田植えに切り替えよ”と改植命令を出し、農家は急遽、苗探しを余儀なくされて四苦八苦する。

 「朝5時ごろ手植えの人夫を車で迎えに行って田におろし、それから自分は1日中苗探しに出かけるんだ。2トン車に枠を組んでね、それが一杯になるまで帰るわけにいかん。俺は山形まで行ったな。帰ってきて明日植える田に苗をおろすと、夜中の12時過ぎという具合、それが何日も続くんだよな」(『モデル農業の崩壊』農山漁村文化協会)

 期待外れはそれだけに留まらない。自慢の大型機械は自重でヘドロの土壌の中にずぶずぶと沈んだ。足を取られて進退窮まった機械は「カメになった」と表現され、大潟村の風物詩と揶揄されるようにさえなった。深さ50メートルのヘドロに深く沈んで、まさに土中の藻屑となって、もはや回収できない機器もあったという。

 結局、新しい農業の理想は相当に変形されずには実現しなかった。「昔ながらの田植えや耕作が見たければ大潟村に行けばいい」と皮肉を言われながら働いた1次入植者たちの初年度は、ここまで苦労して、しかし反当たり4~5俵しか得られない惨憺たる結果だった。それでも2年目も「半分以上は直播にしろ」と事業団は強制する。結果は案の定というべきか、再び発芽、苗立ち不良で500ヘクタールもの改植が余儀なくされる・・・。

「権力行使」と「人間関係」の構図

 農家に我慢を強いつつ、それでも国が直播にこだわったのは10ヘクタール単位の機械化直播体系こそ農業の近代化という「モデル農業」観に縛られていたからだ。

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