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外交を読み解くヒントは「歴史」と「地理」

【第4回】外務省 菊地信之氏《前編》

  • 佐藤 ゆみ

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2009年10月19日(月)

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 9月22日にニューヨークで開かれた国連総会で、「2020年までに25%の温室効果ガスを削減(1990年比)」という目標を述べ、大きな賞賛を受けた鳩山由紀夫総理。まずは、華々しい外交デビューを飾った。

 日本が世界でこれからどのような役割を果たしていくのか。外交政策は重要なカギを握る。世界的ベストセラー『大国の興亡』の著者であるポール・ケネディ米イェール大学教授に師事、サウジアラビアへの赴任経験を持つ外務省の菊地信之氏に話を聞いた。

佐藤 ゆみ(以下、佐藤) 本日はよろしくお願いします。お会いするのは、8月の衆議院選挙の日以来ですね。

菊地 信之(以下、菊地) こちらこそお願いします。そうですね、8月30日に、選挙速報のテレビを仲間とともに見ましたね。今日は、友人のゆみさんがインタビュアーということで喋り過ぎてしまうのではないかと少し心配しています(笑)。

 でも逆にとても貴重な機会ですので、積極的に自分の考えや本音を申し上げて、我々のような若い外交官がどんなことを考えて、どんなことをやっているのかを知っていただこうかと思っています。

党派は水際で消える

佐藤 9月、鳩山由紀夫総理が外交デビューしました。CO2(二酸化炭素)の25%削減や東アジア共同体構想などで日本は外交的に初めてリーダーシップをとった感があります。日中韓首脳会談などでも積極姿勢を見せてくれましたし、11月のバラク・オバマ米大統領の来日時も対等に渡り合ってくれそうで期待しています。外交のうえで、重要なのはどのようなことでしょう。

菊地 信之(きくち・のぶゆき)氏
1973年生まれ。早稲田政治経済学部卒業。1999年、外務省入省、中近東第一課に配属。3年間のエジプト・カイロ研修後、カイロ大学政治経済学部政治学科修士課程留学。2003年、カナダ・ケベックに仏語短期留学後、米イェール大学歴史学部修士課程留学。ポール・ケネディ教授に師事。2004年より3年間、在サウジアラビア王国日本国大使館勤務。政務などを担当。2007年より3年間、外務省地球環境課にて多国間環境条約の交渉、G8(主要8カ国首脳会議)の水問題への取り組みなどに携わる。2009年4月より、外務省大臣官房総務課課長補。
(写真:佐藤ゆみ)

菊地 まず我々公務員は、時の政権にお仕えするのが使命であり、政権をとやかく言う立場にはないということを申し上げておきます。一見、優等生的な役人答弁に聞こえるかもしれませんが、私自身、本気でそう思っています。

 そのうえで外交との関係で重要だと思うことは、外交が政争の道具にならないようにすることだと思います。そもそも外交というのは相手があることで、自らが置かれている外的な環境やこれまでのいろいろな経緯、そういったものに大きく影響され、制約を受けています。その中で、国民の安全や生活の糧を守るよう国益を追求していくのが外交であると、ごく簡単に言えば言えるのではないかと思います。

 そうであるとすると、一国が取れる外交上のスタンス、特に国の生存に関わるような安全保障のような分野においては、そんなに選択の幅があるわけでもないとも言えますよね。外交が政争の道具となってしまった場合、結局は、他の国々に付け込まれて、どちらの党派も得をせず、国民も大変な迷惑を被ることになるのだと思います。

佐藤 例えば先の世界大戦のことでしょうか?

菊地 2大政党制が定着している国々では、「党派は水際で消える」という伝統を発展してきたのだと思います。これは、歴史的な知恵としてそれらの社会に深く根づいてきたものと言えるでしょう。

 じゃあ、日本はどうかというと、戦後の55年体制確立後は、短期間の細川護煕・羽田孜両政権時を除き、ずっと自民党が政権を担当して来ましたので、政権交代にまつわる様々な事柄についての経験はほとんどないと言えますね。戦前は政党政治の確立後は、基本的に2大政党制でした。

佐藤 大正デモクラシーの頃は、確かに2大政党制でしたね。

菊地 戦前の日本の2大政党制において、「党派は水際で消える」という伝統があったかといえば、そうでもなかったと思います。戦前の日本を不幸な運命に導いた最大のきっかけとも言えるのが、ワシントン海軍軍縮条約交渉の際に出てきた「統帥権干犯」問題です(注:当時の海軍大臣が内閣総理大臣に代理を要請したことに対し、軍部が文民であることを理由に反発した)

 これは後に軍国主義の台頭、冒険的な対外政策、英米中などとの対立、太平洋戦争というような一連の不幸な歴史につながった問題ですが、元々はそんな大それたものとして出てきたわけではありません。時の野党民政党がその時の政府及び与党政友会を非難するために持ち出してきた主張です。しかし、それが結局、せっかく花咲き始めた我が国の政党政治を葬り去り、更には国民の多大なる犠牲へとつながってしまったわけです。このことを日本人は、歴史の教訓として肝に銘じておく必要があるのでしょう。

佐藤 単に与党批判するために言ったことが、回りまわって国の運命を誤った道に導いてしまう結果となったのですね。歴史的視点はとても大切ですね。そのような観点から今回の政権交代を見ると、どうでしょう。

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