“漁師が釣って 漁師が焼いた”。ストレートなコピーと赤いパッケージが印象的な明神水産の「藁焼き鰹たたき」。一本釣りのカツオを土佐伝統の藁焼き製法で仕上げたこの商品、高知県民はもとより、県外にも幅広いファンを持つ。カツオタタキ商品の草分けと言える存在だろう。
この商品デザインやコピーを手がけたのは高知県在住のグラフィックデザイナー、梅原真(59歳)である。農林漁業と地域に関する仕事しか受けない。だが、ひとたび絵筆を執れば、どのプロジェクトの成功裏に終わる――。そんな凄腕のデザイナーだ(前回参照)。
明神水産の藁焼き鰹たたきは、そんな梅原の伝説の先駆けになった商品である。1986年に売り出したところ、売上高は倍々ゲームで増加。わずか8年で20億円を超えるまでになった。一本釣り船の船主だった明神水産の快進撃。梅原のプロデュースが大きな要素を占めていた。
なぜ藁焼き鰹たたきが成功したのか。今回はその裏側を見ていく。デザインが持つ破壊力や農林漁業の可能性に改めて気づくはずだ。さらに、この成功は、梅原にとっても大きな転機になった。デザイナーとしての方向性を決定づけた藁焼き鰹たたき。あるカツオ漁師の訪問がすべての始まりだった。
そのテーブルには、30年の歴史が刻み込まれていた。
高知県東部、物部川のほとりに佇む梅原デザイン事務所。玄関を上がってすぐのところに、天然材をそのまま利用した大きなテーブルが置かれている。木目の力感が力強く浮き出た荒々しいフォルム。破格のグラフィックデザイナー、梅原真が持つ雰囲気に、なぜかピタリと合っている。
このテーブルの表面には、カッターによる無数の切り傷や墨汁などのシミが刻まれていた。もうじき30年に達しようとしているデザイナー人生、その創作活動の証である。黒ずんだ傷だらけのテーブル。この上でたくさんの人と出会い、数多くの作品を生み出した。23年前のあの日もそうだった。
「われ、デザインをやりゆうなら、手伝うてくれんか」
「おらぁ、陸(おか)で魚を売りたいき。われ、デザインをやりゆうなら、手伝うてくれんか」
梅原事務所のあのテーブル。斜向かいに座った明神宏幸は切り出した。1987年の春のある日のことである。
「どうしたこと?」
面食らった梅原を制すると、明神は言った。
「きれいごと抜きでゆうけんど、おらが漁師は釣るまでが仕事やき。岸壁にあげたら最後、相手任せになっちゅうけんど、自分で値段をつけんことにゃ、ダメになるに決まっちゅうろう」
真剣な眼差しで熱弁を振るう明神は、高知県西部、土佐佐賀港でカツオ一本釣り船を所有する明神水産の専務である(当時)。ジョン万次郎の時代からカツオ漁を営む明神家の三男坊。この時、明神水産の加工部門の一切を任されていた。
「なんや、妙に熱い漁師やな〜」
梅原に比べれば、一回りも二回りも小柄な明神。漁師というより、中小企業の経営者というほうがふさわしい。だが、全身には圧倒的なエネルギーが漲っていた。その気迫に気圧された梅原。知らず知らずのうちに明神の話に引き込まれていった。そして、気がつくと、打ち合わせ時間は3時間を超えていた。
明神の依頼を端的に言うと、明神水産で売り始めた藁焼きタタキのプロデュースをして欲しい――ということだった。明神が住む土佐佐賀港から当時の梅原の事務所まで、片道で3時間近い時間がかかる。それでも足を運ばざるを得ないほどに、明神は危機感を抱いていた。
時代から取り残されつつあったカツオ一本釣り漁
土佐佐賀港はカツオ一本釣り船の拠点として広く知られている。ところが、昭和50年代も半ばを過ぎると、オイルショックや排他的経済水域の設定(200海里問題)などの影響もあり、船主経営は悪化の一途を辿り始めた。カツオ一本釣りのメッカ、土佐佐賀港でも、近海一本釣り船の多くが減船を余儀なくされた。
確かに、一匹ずつカツオを釣り上げる一本釣り漁は大型巻き網に比べて手間のかかる漁法である。製造業を軸に経済大国の地歩を固めつつあった日本にとって、一次産業である漁業、その中でも生産性の低い一本釣り漁が苦境に立たされたのは必然と言っていいだろう。
猛烈な時化に見舞われたカツオ一本釣り船。土佐佐賀港でも1、2を争う船主だった明神水産は船の大型化を進めることで、時代の荒波に対応した。事実、明神水産が所有する佐賀明神丸はその後、幾度となく近海一本釣り船の漁獲高で日本一を記録している。
もっとも、漁船経営だけでは時代の奔流に抗しきれない、と明神は見ていた。
「自分で値段をつけんことにゃ、ダメに決まっちゅうろう」
この言葉通り、漁業者は釣った魚の価格決定権を持たない。価格を決めるのはあくまでも市場であり、仲買人である。だが、自分で価格を決めることができれば、市況に翻弄されない企業経営が可能になる。そのためには、加工部門への進出が不可欠――。明神はそう考えた。
もう1つ、兄弟に対する意地もあった。
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