• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

農地は、都市から追い出されていった

ニュータウンに生まれた障がい者の農園(その2)

2009年12月24日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

その1から読む)

 横浜市青葉区にある知的障がい者が農園で働く社会福祉法人グリーン。ここの常務理事で施設長である石田周一氏が幼い頃に移り住んだ青葉台は、東急グループが市街地開発に当たっている。

 東急田園都市線の名称は「多摩田園都市」構想に由来する。東急グループは鉄道新線の建設と一体化させて土地区画整理事業を東急が一括代行するという方式で沿線の街作りを多く手がけてきた。そして川崎市の野川地区で1959年に開発に着手されたのを皮切りに、土地区画整理事業は40年以上に渡り合計55地区、総面積3204.3ヘクタールに及ぶ。

 石田氏が引っ越してきた頃はまさに、その開発が横浜市に至った時期だった。青葉台駅前には日本住宅公団の指導により、低層階に商業施設、上層階に日本住宅公団の賃貸集合住宅を持つ複合施設である青葉台プラーザビルが1970年にできている。

 このプラーザの名称こそ多摩田園都市構想の象徴であり、住民のニーズに応えるための大規模な複合施設に名づけられる。田園都市線の主要駅にはプラーザが設置されている。

 そして多摩田園都市ではもう一方で300戸以上の居住施設と商業・公共施設の複合施設である「ビレッジ」が構成要素となる。この2つの構成要素からなる構造が東急の多摩田園都市構想の特徴だ。

「都市と農村の結婚」

 この「多摩田園都市」構想には、さらにいにしえの由来がある。イギリスの都市計画家エベネザー・ハワードの提唱した「田園都市」構想がそのルーツなのだ。

 重工業が発展するロンドンの環境悪化と貧困の拡大を憂いたハワードは1898年に『明日の田園都市』(鹿島出版会、原題:GARDEN CITIES of To-Morrow)を刊行した。

 ハワードは『明日の田園都市』にこう書いていた。

 「都市は磁石に、人は針にみなされる。そこで、われわれの都市が持っている以上の大きな力の磁石をつくる方法を発見することが、自発的にしかも健康的な仕方で、人口を再配分するために効果があることが了解される」(『明日の田園都市』)

 そしてハワードは都市農村、すなわち田園都市は都市以上の「磁力」を持つものだと主張する。農村には自然の美しさはあるが、社交の機会がない。だから農村は磁石として人を引きつけられない。それに対して都市には雇用があり、娯楽があり、社交がある。その魅力が人を農村から引き離し、都市に吸い寄せる。

 しかし都市農村はどうか。自然の美しさを持ちつつ、社会的機会も提供できる。都市の魅力と農村の魅力を備え持った都市農村が人を引きつけないはずがないのだ。

 だからこそ「都市と農村の結婚」を目指せとハワードは訴える。

 この理論はあまりにも夢想的だと批判されたが、彼は1899年に田園都市協会を設立、1903年にはロンドン北郊のレッチワースで最初の「田園都市」建設に着工した。こうしてレッチワースの街作りは成功し、「田園都市」は世界中の都市計画に強い影響を与えることになる。

コメント0

「漂流するコメ立国」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

実は事業継承の覚悟って、そんな大それたものではないんですよ。

高田 明 ジャパネットたかた 創業者