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第6回 日本の近代化と翻訳

世界の常識にさからった明治政府

  • 山岡 洋一

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2010年1月14日(木)

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 明治の翻訳をめぐっては、もうひとつ、大きな点を考えておく必要がある。日本の近代化にあたって翻訳が果たした役割という点である。

 日本は19世紀半ばに欧米列強の軍事的な圧力を受けるようになったとき、欧米の文化をできるだけ早く取り入れて対応しようと考えた。そして、欧米の進んだ文化を学ぶために、翻訳という手段を使うことにした。欧米と日本では言語が違うのだから当たり前ではないかと思えるかもしれないが、実際にはある意味で常識外れの方法であった。

翻訳者養成課程だった当時の高等教育

 当時、欧米の一部を除いて、世界のほぼすべての国と地域が同じ状況にあったのだが、そのなかで翻訳を重視した国はそれほど多くない。少し考えてみれば分かることだが、欧米の進んだ文化を学ぶとき、英語などの欧米の言語を学び、欧米の言語で直接に文化を学ぶ方が、翻訳という間接的な方法をとるより、はるかに効率的だと思えるはずである。欧米列強の植民地になった国では、つまり、当時の後進地域の大部分では、この方法がとられている。こうした国では、第2次世界大戦の後に独立を達成しても、たいていは同じ方法を続けてきた。翻訳を行って母語で学べるようにした国はそれほど多くない。

 明治政府はいうならば、この世界の常識にさからって、必要なものはすべて翻訳し、母語で学べるようにする方針をとった。そのために、全国に公教育の制度を確立し、優秀な生徒を集めて徹底した外国語教育を行い、そのなかでとくに優秀な成績を収めたものは大学などで採用し、欧米の文献を翻訳する任務を与えた。当時の高等教育は翻訳者養成課程であり、高等教育機関は国営の翻訳機関だとすらいえるほどである。大学教授の第1の任務は翻訳だったのであり、どの分野でも、とくに優れた学者はたいてい翻訳を行っていた。

国家事業として取り組み近代化に成功した

 明治から大正、昭和の初めにかけて、翻訳はまさに国家事業であった。その結果、日本ではあらゆる分野にわたって母語で教育を受け、母語で考え、母語で議論することが可能になった。いまでも高等教育は旧宗主国の言語で行っている国が多いのだから、日本は翻訳に成功した点で、例外的な国のひとつだといえるはずである。この点と、当時の後進国のなかで、日本がいち早く近代化を達成できた点が無関係だとは思えない。

 日本はなぜ、欧米の進んだ文化を学ぶ際に翻訳という方法を採用したのだろうか。おそらく、個人が欧米文化を学ぶのであれば、英語などの外国語を学んで、外国語で欧米の文化を学ぶ方が効率的だろう。たとえば欧米に留学すれば、欧米の文化を直接に学べる。日本も幕末以降、たくさんの留学生を欧米に派遣しているが、大部分の留学生が帰国し、かなりの人たちが翻訳という方法を使って欧米の文化を紹介する役割を担っている。思うに、日本では個人ではなく、民族全体で欧米の文化を学ぼうという意欲が強かったのだろう。個人が学ぶなら外国語で学べばいい。だが、民族全体で学ぶのであれば、母語で学べるようにすることが不可欠だ。

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