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土佐の名物「一本釣りカツオ」を世界に

【外伝その1】故郷を追われた男の新しい夢

2010年1月13日(水)

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 昨年10月から7回にわたって連載を進めた「シアワセのものさし」。魔法の腕を持つ高知県在住のデザイナー、梅原真の生き様を通して、地域再生の哲学や地場ブランドの作り方、根本となるアイデンティティの重要性などを見てきた。

 連載を見てもわかるとおり、梅原の手によって魅力的な商品を手に入れた地域は少なくない。ただ、それ以上に、梅原は多くの人の心に種を植えた。事実、彼の生き方に感化され、新たな人生を歩み始めた人は数しれない。梅原の遺伝子は数多くの人に継承されているといっていいだろう。

 これから3回、梅原によって人生のトビラを開けた人々の“その後”を描く。いわば、「外伝 シアワセのものさし」。外伝ではあるが、登場人物のその後の人生は様々な示唆に富んでいる。1回目は明神水産で「藁焼き鰹たたき」を仕掛けた明神宏幸。その後の人生は波瀾万丈というに相応しい。

 梅原とともに「藁焼き鰹たたき」を売り出した明神は持ち前のバイタリティで売上高20億円を超える企業を育て上げた。だが、兄弟の確執が原因で1996年に取締役を解任される。その後、失意の中で生まれ故郷の土佐佐賀を去った明神は静岡県焼津に移り住み、かつての明神水産を上回る企業を作り上げた。

 二度までも企業を成功させる人間はそうはいない。この十数年、明神に何が起きたのか。2回にわたって企業を成功に導いた要因はどこにあるのか。さらに、明神と梅原が進めるグローバルな取り組みとは何か――。


(日経ビジネス オンライン、篠原匡)

 あの日の記憶は今でも薄霞に覆われている。

 1996年2月、カツオの一本釣りで名高い土佐佐賀港の明神水産でのこと。代表取締役専務の明神宏幸が加工場の専務室でいつものように執務をとっていると、長男、二男、四男が顔を見せた。長男は明神水産の社長、二男と四男は一本釣り船で漁労長を務めていた。

 毎年2月頃から11月頃まで、千葉県勝浦港や宮城県気仙沼港を拠点にカツオの群れを追うカツオ一本釣り漁。長男こそ陸に上がっていたが、次男や四男は漁労長として普段は一本釣り船に乗っている。4人の男兄弟が顔を揃えるのは一本釣り船が土佐佐賀に帰港する年末ぐらいのもの。そう頻繁にあることではない。

 「兄弟揃ってなんじゃ」

 訝しく思った明神に、3人は声を荒げてこう言った。

「藁焼き鰹たたき」を、高知を代表する特産物に育て上げた明神宏幸だったが・・・(写真:宮嶋康彦)
画像のクリックで拡大表示

 「お前が加工部の経営責任者でおるがやったら、今作りよう新船の建造資金を銀行が貸さんと言うてきた。われがいたら会社が潰れるきに辞め!」

 それまで明神が率いる加工部は毎年のように利益を出し、一本釣りを主業にする漁船部を支えている。加工部の利益があるからこそ、漁船部の経営や新船の建造が成り立ってきた。

 「われらは何を言うてるんじゃ。気でも狂ったのか!」

 激高した明神は掴みかからんばかりに立ち上がった。だが、明神が所有している明神水産の持ち株は全体の8分の1。株主総会を開けばそのまま解任されてしまう。事実、株主は姉と妹、義理の兄弟などを含めた身内8人。明神以外の根回しは終わっていた。

社内クーデターにあった「藁焼き鰹たたき」の立役者

 一本釣りカツオの表面を燃やした稲藁で軽く炙った明神水産の「藁焼き鰹たたき」。「漁師が釣って 漁師が焼いた」というコピーとともに、高知県内で広く知られている商品だ。1987年に販売を本格的に始めると、その売り上げは右肩上がりで急増。1996年には売上高で20億円を超えるまでに成長した。この商品がなければ、土佐佐賀港の一船主だった明神水産が高知を代表する水産会社になることはなかっただろう。

 第2話で詳しく述べたが、取締役を解任された明神宏幸はこの「藁焼き鰹たたき」の産みの親である。

 石油危機や排他的経済水域の設定(200海里問題)などの影響で1970年代以降、船主経営は悪化の一途を辿った。明神水産の専務だった明神もカツオ一本釣り船の前途に強い危機感を抱いていた。忍び寄る危機を回避するためには、加工部門への進出が不可欠――。そう考えた明神は梅原デザイン事務所の門をくぐり、藁焼きタタキのプロデュースを依頼した。

 この加工部門への進出には兄弟に対する意地もあった。

 ジョン万次郎の時代からカツオ一本釣り漁を営む明神家。ほかの兄弟は一本釣り船の漁労長として活躍した。特に、次男と四男は近海一本釣りの漁獲高で何度も日本一を記録したほどの存在である。それに対して、受験勉強で近視になった明神は船の上ではほかの兄弟に後れをとった。

 「われらが沖で釣るばのことやったら、おらが陸で釣っちゃらぁ」

 それを誓った明神は陸に上がり、新船建設に尽力した。その当時のカツオ一本釣り漁では、カツオの魚群をいち早く見つけ、現場に急行することが成功のカギを握った。そのためには、速度の速い最新の船を導入する必要がある。新船建設のための銀行との折衝は陸の明神が請け負った。

 もっとも、明神がいくら戦闘力の高い船を造っても、脚光を浴びるのはいつも兄と弟。ことカツオの一本釣りに関して言えば、明神はスーパースターにはなれない。それを悟った明神は、陸でカツオを釣るために、水産加工に活路を見出した。

 藁焼きタタキの商品化に己の人生をかけた明神。その期待に、梅原は見事に応えた。

明神は「藁焼き鰹たたき」の商品化に己の人生をかけた(梅原デザイン事務所提供)
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「土佐の名物「一本釣りカツオ」を世界に」の著者

篠原 匡

篠原 匡(しのはら・ただし)

ニューヨーク支局長

日経ビジネス記者、日経ビジネスクロスメディア編集長を経て2015年1月からニューヨーク支局長。建設・不動産、地域モノ、人物ルポなどが得意分野。趣味は家庭菜園と競艇、出張。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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