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デフレ病克服、そしてインフレに備えよ(上)

  • 濱田 康行

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2010年1月7日(木)

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 2010年が明けた。今年も日本経済の先行きは、デフレーションをどう退治するかに掛かっている。古典的・学問的な用法とはやや異なるが、デフレーションは「一般物価水準が全般的かつ持続的に下落していく状態」(『金融辞典』東洋経済新報社、デフレーションの項)のことである。

 デフレーションはインフレーションの対語であり、本来は、通貨の収縮・膨張に伴う名目的な物価の下落現象を示すものだったが、今日ではインフレーションが一般的な物価上昇を指すのに用いられるように物価の下落現象を指す。

大恐慌は先ず欧州で起こった

 資本主義の歴史を辿ってみると19世紀の中頃からは周期的に恐慌が生じ、その際には一定期間に亘って主要な商品価格(例えば当時の主要原料であった石炭や銑鉄価格)が値下がりしていることが認められる。また1873年、欧州で発生した恐慌は資本主義を自由主義から独占資本主義へ転換させる契機となったと言われるほどに激烈であったが、この時も価格下落が認められる。

 1913年に出版されたツガン・バラノフスキーの著書『英国恐慌史論』(鍵本博訳、日本評論社)には、スコットランドにおける銑鉄価格の推移が示されている。それによると恐慌の始まった年、1873年には117シリングが1876年には59シリングに低下している。また旧ソ連の経済学者バルガは『世界経済恐慌史』の中で当時の米国とドイツの卸売物価指数を示しているが、それによると米国では1873年133(1910~1914年の平均を100)に対し、1878年は91であり、ドイツではほぼ同時期間に119から83に低下した。この恐慌は特に欧州で長期化し、実に20年以上も続き「大不況」(Great Depression)と呼ばれたのである。この間「米英独仏の卸売物価指数は30年間で半分近くに下がった」のである(『デフレが蝕む』日本経済新聞社、2003年)。しかしすぐ後に述べる1929年に始まる米国の不況が後に「大不況」と呼ばれたため、歴史の中での存在感は軽くなったが、この19世紀末の不況は資本主義の段階を画す出来事であった。

 近代史の中で明らかなデフレーションと言えば、それは1929年からの大恐慌の際に発生したものが典型的である。これについては、小林真之氏の著書『株式恐慌とアメリカ証券市場』(北海道大学図書刊行会)をみれば明らかである。

 著書では米国の卸売物価について、農産物から食料品、自動車など13項目について調べているが、全商品かつ1929年からの3年間、まさに持続的に下落した。小林真之氏の研究によれば、同期間の米国の工業生産は全品目平均でマイナス47.3%であり、企業の利潤は全分野でマイナスを記録している。デフレは物価の下落だけでなく、失業、倒産を伴うことから人々に恐れられる経済現象であった。

 しかし、その後、デフレは長きに亘って人々から忘れ去られる。第二次大戦後、インフレはほぼ恒常的になったが、デフレは生じなかった。景気循環とみられる現象はかなりの国々ではっきりした形を示していた。なぜ不況局面で物価の下落が生じなかったのか、については経済学上の論点であるが、一般的に言われているのは賃金の下方硬直性と管理通貨制度下でのやや多めの通貨供給である。後者についてはケインズ政策、つまり有効需要創出政策が各国で採用され、需要不足を公共需要で補ったため価格が下がらなかったのである。しかし、これが行き過ぎ、不況下で逆に物価が上昇する。いわゆるスタグフレーションもしばしば観察されるようになった。

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